メガネ、サングラスのオンライン・セレクトショップとして注目を集める「Oh My Glasses」が、クリエイティブ・エージェンシー「ワイデン+ケネディ トウキョウ」とともに、フォントをテーマにしたメガネブランド「TYPE」を立ち上げた。第1弾として、「HELVETICA」「GARAMOND」モデルがリリースされたばかりの「TYPE」シリーズのコンセプトや経緯、さらにフォントにまつわるさまざまな話を、ワイデン+ケネディ トウキョウのエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターを務める長谷川踏太氏に語ってもらった。
Interview: 原田優輝
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今回「TYPE」シリーズを立ち上げることになった経緯を教えて下さい。
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長谷川:僕もメガネを毎日かけているんですが、メガネを選ぶという体験がもっと良くなるんじゃないかということを常々思っていて。お店で試しても、すぐ店員さんが横で見ていて落ち着かなかったり、気にいったフレームがあっても色が気に入らなかったり、かけてみたらに合わなかったりという感じで。それこそ、デザインをしている時にフォントを選ぶみたいに自分のメガネも選べたらいいのにということを考えていて、すでにメガネの流通の仕方で新しい試みをされていた、OMGの清川さん、六人部さんと一緒に新しいメガネのブランドを作ろうということになりました。
チームで色々なアイデアを考えている時に、メガネをかけている人たちの顔写真を色々見たりしたのですが、グラフィックデザイナーにもメガネをしている人が結構いて、しかもかけているメガネの特徴と、その人の作風に共通するものがあったんです。例えば、繊細なデザインをする人はメガネのフレームも細かったり(笑)。その時に感じたのが、グラフィックデザインにおける書体というのは、メガネと役割が似ているかもしれないということでした。メガネというのは機能的なものであると同時に、色んな種類があってそれぞれ表情が違いますよね。書体も同じように、ひとつのメッセージを伝えるだけでも、書体の選択によって伝わり方が大きく変わる。実用と装飾のバランスが似ていて、そこが面白いなと思ったのが最初のきっかけでした。
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「TYPE」シリーズでは、書体のウエイトと同じように、「ボールド」「ミディアム」「ライト」
という3通りの太さのフレームが用意されている点も面白いですね。
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長谷川:書体の太さと同じようにメガネにおけるフレームの太さというのは大切な要素だし、そもそもフレームのフォルム自体がアルファベットの一部のような形をしているんですよね。ちょっとしたストロークの違いが大きな印象の違いを生む。これは僕個人がメガネを選ぶ時に体験したことなんですが、形は好きなんだけど、フレームがちょっと太いもしくは細いという時に、普通のメガネの場合、これと同じ形でフレームはもう少し細めでという風には選べなくて。そういう点でも「TYPE」 はいままでと違ったメガネ選び体験を提供できるかなと思います。
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第1弾として「HELVETICA」と「GARAMOND」を選んだのはなぜですか?
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長谷川:今回は、最初にリリースするモデルとして、多くの人が違和感なく使えそうな形というのが前提としてありました。そういう意味では、「HELVETICA」というのは王道でもあるし、抑えておく必要があるかなと。「HELVETICA」はサンセリフ体なので、もうひとつは歴史のあるセリフ体ということで「GARAMOND」にしました。また、「HELVETICA」「GARAMOND」それぞれが、「ウェリントン」「ボストン」という定番のフレームのタイプに対応していて、その点でも最初のモデルとしてちょうど良かったと思っています。
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実際のデザインはどのように進めていったのですか?
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長谷川:眼鏡デザイナーの方と一緒に作っていきました。まずこちらでそれぞれのフォントの歴史背景や特徴、文化などについての資料を作り、それを参考にしてもらいながら、メガネの形に落とし込んでもらいました。フォントのフォルムなどをフレームの細部に反映させているのですが、プロダクトとしてできることには限界があるので、その辺のバランスを図りながら、何度もやり取りを重ねました。ただ、「HELVETICA」という書体ひとつ取っても一人ひとりが考えるイメージは違うので、なかなか難しかったです(笑)。
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長谷川さんが考える「HELVETICA」「GARAMOND」それぞれのイメージを聞かせてください。
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長谷川:「HELVETICA」というのはとてもニュートラルな書体で、洋服に例えると、着ていくものがなかなか決まらない時に着ていく白いTシャツのようなイメージですね。また、少し堅いことや論理的なことを伝える時に使う書体だととらえています。銀行とか航空会社とか、そういう会社のロゴに使われたりしていますよね。一方で「GARAMOND」は、少し大人っぽく、ウィットに富んだ感じで何かを伝えたい時に使うイメージですね。 Apple Macintoshのロゴとかが良い例でしょうか。僕は書体のことを、自分が書きたいことや表現したいものに合いそうな洋服を決めるような感覚で選んでいるところがあります。だから、フォルムの美しさなどよりも、その書体がどんなイメージを持っているのかを重視します。例えば、ちょっとふざけた内容を教科書フォントで書くと面白くなるんじゃないかとか、逆に真面目な文章で照れくさいから、あえてゆるめのフォントを使ってみようといった感じです。
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もともとタイポグラフィには興味があったのですか?
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長谷川:タイポグラフィだけを取り上げてよく見ていたわけではないですが、デザインの一要素として興味は持っていました。例えば、世の中が「HELVETICA」一辺倒の時に、あえてまったく違う書体ばかり使っている人がいると攻めているなと感じたりするんですが、書体にもトレンドがあるのは面白いですよね。例えば、2012年のロンドンオリンピックのロゴが発表された当時は凄く不評でしたが、オリンピック開催前後にちょうど80年代っぽいデザインやカルチャーが流行って、時代にうまくフィットした感じになりましたよね。あのロゴが発表された当初は、多くのデザイナーが自分ならこうするというデザインをネットに上げていましたが、それだけロゴやフォントというのは多くの人たちが反応するものだし、同時に時代を反映するものでもあるんだと思います。
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長谷川さんはロンドンでも長く活動していましたが、日本と欧米のフォントに何か違いを感じることはありますか?
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長谷川:デンマークに行った時に、色んなところにある書体やサインがとても美しいと思った記憶はありますし、北欧などは空港のサインも綺麗ですよね。一方で日本の文字というのはガチャガチャしているイメージがありますが、どうしても和文と欧文がゴチャ混ぜに使われているのは不利で、やっぱりアルファベットだけの方がスッキリまとまって見える。海外のデザインがなんとなくかっこ良く見えるというのも書体によるところが大きいと思います。記号性が高いアルファベットというのはそもそもがデザイン的ですが、一方で日本語は種類がとても多いし、漢字にしてもルーツは象形文字だったりするので、設計思想自体が違うものなんだろうなと。
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日本語書体ならではの魅力というのはありますか?
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長谷川:僕は落語が好きなので、寄席文字をたくさん見ているんですね。もともと大衆芸能である落語には、文字が読めない人たちがニュースを知りたくて足を運んでいたという側面があったんです。だから、寄席文字というのも文字が読めない人たちのことを考えて、形として認識させるようなデザインになっているんです。例えば、寄席文字を見る人は、「古今亭」という文字の並びを絵的にとらえて、今日はこの人がしゃべるんだということを認識していて、中には「古今亭」という文字が読めない人もいる。ある意味企業やブランドのシンボルマーク的なものとして認識していて、これは漢字ならではの面白いところだなと思います。
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ところで、長谷川さんはいつ頃からメガネをかけているのですか?
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長谷川:30歳過ぎからですね。それまで自分は視力が良いと思い込んでいたのですが、ある時急に目が悪いということに気づいたんです(笑)。いまのような丸いフレームをかけ始めたのは4年くらい前からなんですが、ロンドンのビンテージショップみたいなところに丸いフレームのメガネがあって、ふざけてそれをかけてみたら意外としっくりきて(笑)。やっぱり四角いフレームよりも丸いフレームの方が表情が優しく見えるんですよね。丸めのフレームのメガネはサングラスも入れて4つくらい持っているんですが、今回リリースした「GARAMOND」とよく似ているんですよ。別に僕がオーダーしたわけではないんですけどね(笑)。