イルリメ (左)
ラッパー、トラックメイカー、作詞家、小説家、プロデューサー。唯一無二の声、独特のセンスで切り込まれる言葉とともに、その先鋭的な音づくりはひとつのジャンルではとらえきれない魅力を持つ。イルリメでの活動のほか、本名・鴨田潤名義での弾き語り、Traks Boysと組んだポップスバンド、(((さらうんど)))でも活躍中。
TypogRAPy(イルリメ+蓮沼執太+大原大次郎)インタビュー
「個性的なタイポグラフィを軸にしたデザインで注目を集めるグラフィックデザイナーの大原大次郎さん、独自のセンス、声質から発せられる言葉を武器に、唯一無二のラッパーとして支持されるイルリメさん、そして、音源のリリースやライブパフォーマンスはもちろん、映画音楽やサウンドインスタレーションなどさまざまなアプローチで作品を発表している蓮沼執太さんによるバンド、TypogRAPy(タイポグラッピィ)。「声で発するタイポグラフィ」をコンセプトに、各地でライブパフォーマンスを展開している彼らにお話を伺いました。
Interview: 原田優輝
タイポグラッピィ誕生秘話
ータイポグラッピィを始めたきっかけは何だったのですか?
大原:僕は普段グラフィックデザイナーとして文字を扱う仕事をしていて、同時に書き文字をテーマにしたワークショップなどもやってきたんですね。これまで文字というものについて色々な角度から探ってきたのですが、話す時に音読することはもちろん、紙に筆や鉛筆で書く時などにしても、本来文字というのは声が宿っているものなんだということを最近よく考えていたんです。そう考えると、普段僕らが使っている漢字やひらがななどではなく、音や声を使ったタイポグラフィというものもあり得るんじゃないかという妄想が、タイポグラッピィを始めるきっかけになりました。
イルリメ:大原くんに渋谷の喫茶店に呼ばれたのが最初だったよね。その時に、大阪でイベントをやるから何かやってくれないかと相談されて。その場には蓮沼くんも一緒にいたんだけど、お茶代を最後に大原くんが全部出してくれんだよね。大原くんが払ってくれるなんて思わずに、自分だけ勝手にケーキを食べてたから、なんか申し訳なく思ったのをよく覚えてる(笑)。
大原:その後ろめたさがあったからかわかりませんが(笑)、一曲即興でつくろうという提案をイルさんからしてくれて。この時は「DESIGNEAST」という大阪で3日間にわたって開催されたデザインイベントの中のひとつの企画として、僕がキュレーションを務める形で、現代において声で何かを描いている人たちを集めるという主旨のショーケースだったんです。ふたりの他には徳利+D山さん、DJみそしるとMCごはんさんにも出て頂いたんですが、「タイポグラッピィ」という名前は、もともとこのプロジェクト全体のタイトルでした。当初僕は完全にお客さん目線でふたりのコラボレーションが見られたらいいなと思っていたら、せっかくなら僕も一緒にやろうということになったんですよね。
ーその時はどんなパフォーマンスになったのですか?
大原:僕が文字を書く時のリズムに合わせて、イルさんが即興でラップしてくれるというスタイルでした。例えば、「はすぬましゅうた」という文字を書く時に生まれるリズムをベースにラップをしてくれるんですが、文字を書くことで言葉とリズムが同時に生まれ、さらに図形譜のような譜面まで出来上がるということが凄く面白くて、その場でバンドにしようという話になったんです。
蓮沼:普通、音楽とグラフィックデザインの関係というのは、楽曲とCDジャケットなど完成されたもの同士がくっつくことがほとんどですよね。でも、タイポグラッピィでは、両者がつくっていく最初の段階から絡んでいけるのが面白いですよね。その中でお互いに共通する要素や手法みたいなものを感じることもあったり。
大原:20歳くらいの頃に、ASA-CHANG&巡礼さんの仕事をさせてもらう機会があったんですが、彼らの音楽を初めて聞いた時にグラフィックデザインのつくり方に近いと感じたんです。言葉を切って、再配置していく編集的な手法や構成方法、そこから伝わってくる印象というのがタイポグラフィみたいだなと。僕はミュージシャンではないのですべてが初めての経験なんですが、タイポグラッピィでやっていることは、通常の音楽のつくり方とはだいぶ違うんですかね?
蓮沼:曲のつくり方はみんなそれぞれ違うと思うんですけど、いわゆるバンドのリハーサルみたいな感じで、音を出して探りながらつくっていくというやり方ではないですよね。紙とペンとちょっと音が出るものを用意して、こうやって会話をしていくと自然に曲ができていく感じがいいですよね(笑)。その感じを出したくて、先日ナディッフでやったパフォーマンスでは、あえてデスクが並べられているようなセットにしたんですよね。
イルリメ:自分の場合はだいたい曲ありきで、そこにラップを乗せていくんだけど、大阪で最初にライブをやった時は、いつもとは違う脳を刺激される感じで楽しかったね。
文字の中から音楽を探す
ータイポグラッピィではどうやって曲をつくっていくのですか?
イルリメ:青山のCAYでタイポグラッピィのライブをすることが決まった時に、何か一曲オリジナルでつくろうということになったんだよね。それで大原くんの仕事場に集まって、「タイポグラッピィ」という言葉を、カタカナと英語で書いて、それを楽譜に見立てるみたいなこととかをみんなでやったよね。文字の中に音楽を探したり、音楽の中に言葉を探していくような作業だからかなり頭を使うんだけど、何か興奮するものがあったし、その時に初めてタイポグラッピィってこういう感じなのかなというのがなんとなく見えた気がした。
蓮沼:ゼロから曲をつくっていくというよりは、本来その言葉が持っている意味やメロディやリズムなどを引き出していくような作業ですよね。この作曲方法がタイポグラッピィのメインのやり方かなと思ったけど、実はそれはひとつの手法に過ぎなかったというのが、こないだのナディッフでのライブでわかりましたよね。
大原:タイポグラッピィのライブでは、文字を書いている僕の手元がプロジェクションされているんですけど、書くということだけに縛られ過ぎずに、もっと僕も声で参加するべきだと思っていたんです。今回のナディッフのライブでは、3人で会話をするなかで生まれるリズムのようなものからつくっていった『会話』という曲を演ったり、複数の人が言葉を音読している時の声を録音してつなげていったりと、声のコンポジションというものにだいぶフォーカスできました。今回のために開発してもらったペンドラムも使えたし、とても楽しいライブでしたね。
ー文字というのは、それを書く場合でも、読む場合でも、その人ならではの個性や癖というものが出てきて面白いですよね。さらに、それらが混ざり合ったり、伝染していくことで、また別のキャラクターが生まれていくというところが、タイポグラッピィのライブの魅力のひとつなのかなと感じました。
大原:そうですね。ライブの時にイルさんが、蓮沼くんや僕の話し方を練習しているという話をしていたじゃないですか(笑)。僕はたまたまその直前に、グラフィックデザイナーの松田行正さんが、コロッケさんのことについて話しているインタビュー記事を読んでいたんですね。コロッケさんのモノマネというのは、その場に当の本人が登場すると全然似ていないということに気づくんだけど、雰囲気を捉えているからかその人ソックリに感じられて、それが凄いということを話していて。要は、写実的にトレースしているわけではないということですよね。
イルリメ:デフォルメとデザインみたいな話だよね。グラフィックデザインっていうのは定型が多いでしょ。まさにフォントなんかもそうだと思うけど、俺がやっているモノマネというのは、ある定型のものに自分を似せていくということなんだよね。タイポグラッピィの場合は、大原くんの癖というものがまず土台にあって、そこに乗っかった状態で、蓮沼くんのメロディの出し方などの癖に合う声の発し方を探っていくということが多い。
大原:デザインにも近いところがあります。例えば、アルバムジャケットのデザインは、よく音楽をビジュアルに翻訳する行為だと言われますが、歌詞の世界に没頭していってそれを視覚化するということではなくて、いまイルさんが話していたように、そのミュージシャンの癖というものを探って、それを描いていくような感覚があるんです。それは言い換えるとモノマネと言えるのかもしれません。以前に、グラフィックデザイナーの平野甲賀さんが、僕の書く文字はラップに近いとおっしゃっていたことがあったんですが、その時に引き合いに出されたのがイルさんだったんです。万人に向けた標準化されたものではないけれど、上手いところも下手なところも踏まえ、自分の癖というものにも向き合った上で、意図的に強いものを出しているんだと。
ー今後のタイポグラッピィの予定や、やってみたいことなどはありますか?
イルリメ:いまこの取材を受けている間に「タイポグラフィ」という言葉の意味をGoogleで検索していたくらいなので、タイポグラッピィに関しては、大原くんから出てくるものに対してレスポンスをしながら、理解しようとしている感じなんです。だから、今後こういう方向に行きたいということもまだ決めたくないというのがあります。でも、タイポグラフィを声で発するというのはかなり想像力がいることで、やっていて刺激的というのはたしかですね。
蓮沼:タイポグラッピィは音楽として完全体じゃないところがいいですよね。僕個人としてはこの2,3年間、音楽の入口が広くて柔らかい音楽をつくってきました。タイポグラッピィはその流れを踏襲するようなバンドで、つくり方を共有していく感じや、そのプロセスで垣間見えるイルさんの発想とかが普通に面白いです。今後はもっと曲もつくっていきたいですね。
大原:アルバムも出したいよね。あとは、この3人の組み合わせで完成度を高めていくだけではなく、声に出すタイポグラフィ、言葉のタイポグラフィというタイポグラッピィの概念もしっかり確立していけたらと思っています。その考え方に乗っかってくれる人たちが集まれば音声と発声の博覧会のようなものもできると思うし、そこに説得力を持たせるためにこのバンドはがんばっていきたいですね。
蓮沼:いまは色んな曲や、その制作プロセスを3人でつくっている段階ですが、ある程度固まったら大原さんが僕やイルさんとは違う人とタイポグラッピィをやってもいいですよね。3人のアルバムはもちろんつくりたいですが、方法さえ強いものになっていれば、あとはいくらでも応用や変換ができると思っています。ただ「やっぱりイルリメさんと蓮沼くんのオリジナルバージョンがいいよね!」ということになってほしいですけどね(笑)。
イルリメ (左)
ラッパー、トラックメイカー、作詞家、小説家、プロデューサー。唯一無二の声、独特のセンスで切り込まれる言葉とともに、その先鋭的な音づくりはひとつのジャンルではとらえきれない魅力を持つ。イルリメでの活動のほか、本名・鴨田潤名義での弾き語り、Traks Boysと組んだポップスバンド、(((さらうんど)))でも活躍中。
蓮沼執太 (中)
1983年東京都生まれ。音楽作品のリリース、蓮沼執太フィル/チームを組織して国内外でのコンサート公演、コミッションワーク、映画、広告、舞台芸術、プロデュース、他ジャンルとのコラボレーションを多数制作する。アルバムに蓮沼執太フィル『時が奏でる|Time plays - and so dowe.』、4枚組CD『CC OO|シーシーウー』など。主な個展に『have a go at flying from music part 3』(2011年 ブルームバーグ・パヴィリオン|東京都現代美術館)、『音的|soundlike』(2013年 アサヒ・アートスクエア)、『音的→神戸|soundlike2』(2013年 神戸アートビレッジセンター)。2014年初夏よりアジアン・カルチュラル・カウンシル (ACC) の招聘でアメリカ・ニューヨークに滞在。
大原大次郎(右)
1978年神奈川県生まれ。2003年武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業。同年omomma設立。タイポグラフィを基軸としたデザインワークや映像制作に従事するほか、フィールドワーク<文字採集>、チャンスオペレーションによる言葉あそび<文字くじ>、重力を主題としたモビールのタイポグラフィシリーズ<もじゅうりょく>、音楽家の蓮沼執太とラッパーのイルリメと共に展開する、ライブパフォーマンス<TypogRAPy(タイポグラッピィ)>など、展覧会、ワークショップ、出版、パフォーマンスなどを通して、言葉や文字の新たな知覚を探るプロジェクトを積極的に展開する。2014年TDC賞、JAGDA新人賞受賞。