みなさんは「Unicode」をご存じでしょうか? Unicodeとは、世界中のあらゆる文字を共通の集合体として、パソコンやスマートフォンなどさまざまなデバイス上で利用していくことを目的に、91年につくられた文字コードの業界規格です。そんな文字の国際標準とも言えるUnicodeに登録されている全109,242(「Unicode6.0」)の文字と記号をすべて収録した書籍『Decodeunicode』の日本語版『世界の文字と記号の大図鑑 ー Unicode 6.0の全グリフ』が、先日刊行されました。古今東西さまざまな文字や記号を一望できるこの書籍の刊行に合わせ、タイポグラフィ/フォントに造詣が深いグラフィックデザイナーの永原康史さん、大日本タイポ組合の塚田哲也さん、秀親さんに、Unicodeや世界の文字の魅力について語って頂きました。
Interview: 原田優輝
永原:『Decodeunicode』のドイツ語版の原書は、amazon.comにオススメされて買っていたんですよ。表紙とタイトルだけしか見られない状態だったけど、オススメするからにはきっと何か理由があるんだろうと思って買ったんだけど(笑)
、解説もドイツ語で読めないし、あくまでも資料として持っていたという感じでしたね。今日のように、いつか必要な時が来るんじゃないかと(笑)。
塚田:『僕は現物を見るのは初めてですが、以前にソウルの「タイポジャンチ」という展覧会で、この本に収録されているUnicodeの全グリフ(字形)を延々と流している映像を見て、アホなこと考える人がいるなと思った記憶がある(笑)。
左から、塚田哲也さん、秀親さん(大日本タイポ組合)、永原康史さん。
永原:この本は、何かの目的に使うということはあまりない気がするけど、もしかすると自分が読めない言語をつくる時などに参照する人もいるのかもしれない。ただ、そういう人は世界中探せば結構いるだろうけど、日本にはそう多くないと思うので、まさか日本語版が出るとは思わなかった(笑)。
塚田:日本語版の方はグリフがコード番号順に並んでいるから、検索性はより高くなっていますよね。日本語が秀英明朝になっているのもわかりやすいし、読みやすさは断然こっちですね。
秀親:原書に比べてコンパクトなのも良いよね。ポケットにも入るし。オーバーオールなら(笑)。
塚田:なんでドイツ語版の方はコード順に並んでいないんだろう? カタチが面白いものから並べていたりするのかな。ビジュアルブックとして楽しめるのような編集がされているのかもしれないね。
『世界の文字と記号の大図鑑 ー Unicode 6.0の全グリフ』(研究社)より。 Photo: Shinya Hirose
Unicodeとは何か?
塚田:Unicodeって、ひとつの仕組みの中に世界中のすべての文字をブチ込もうとしていることが凄いというか、無謀というか、面白いところだなと思います。
永原:もともとUnicodeというのは、アメリカのIT産業が中心となって、すべての文字を共通の体系で扱い、文字化けなどを防ぐことを目的につくられたものですよね。アメリカがこれをつくったというのは、英語に一元化しようとは考えていないということで、それは良いことだと思います。また、18世紀にフランスでつくられた「百科全書」の中にも、世界中の文字がコレクションされているパートがあって、パリの国立図書館にもあらゆる活字が揃っているんだけど、もともと西洋の人たちには、世界中のあらゆるものを収集して、博覧するという考え方があるような気もしますね。
塚田:Unicodeができる前に、大日本タイポ組合で、文字化けしているように見える「BUG font」というのをつくったことがあるんです。インターネットやメールをしていても、エンコードがうまくいかずに文字化けすることがありますが、まさにそういう感じに見えるという文字を意図的につくったんですね。でも、Unicodeが出てきてからは文字化けもほとんどしなくなったし、最近の文字化けはあまり可愛くなくてつまらない。Unicodeに統一されることで文字化けがなくなってやり取りがスムーズになったんだけど、実はバグを喜んでいた人もいて、そういうところも面白いなと。
大日本タイポ組合「BUG font」
秀親:この本を見ていると、いわゆる「CJK」(Chinese・Japanese・Korean)と呼ばれている漢字が世界の文字の半分くらいを占めていることがわかるけど、僕らからすると漢字のページはあまりキャッチーじゃない(笑)。それよりも電子回路のように見える昔の楔形文字とか、「なんだよこの文字!」っていうものが面白いよね。
永原:この本の巻末には、まだUnicodeにグリフ化されていない文字についても書かれているけど、それが100以上もあるんだね。
5000年以上前から古代中近東地域で使用されてきた楔形文字もUnicodeに含まれています。
『世界の文字と記号の大図鑑 ー Unicode 6.0の全グリフ』の巻末には、Unicodeにグリフ化されていない100以上の文字も収録されています。 Photo: Shinya Hirose
塚田:先日、「ATypI」というバルセロナで開催されたタイポグラフィのイベントに行ったんですけど、そこで絶滅寸前のチャクマ文字というカンボジアの文字のワークショップがあったんですよ。ただ、その講師の人は普段筆をつかった作品などをつくっている人らしいんだけど、チャクマ文字はしっかり書いたことがないらしくて(笑)。先生ですら正しい書き方がわからない文字だから、参加している自分たちも悩みながらやるしかないんだけど、渡された資料が筆記体みたいな文字で、そこから字形を探らないといけなくて(笑)。絶滅寸前の文字をグリフ化するのも、書き順とかがわからないと難しいなと実感しましたね。ただ、たくさんデジタルグリフができてくると、いろんな顔文字が作れて良いというのはあるよね(笑)。
秀親:Twitterのアカウント名とかでも、どこから拾ってきたんだっていう文字や記号を使っている人もいるよね。Unicodeって、絵柄に近いものもたくさん入っているじゃない。でも、そもそも漢字というのは元は絵だったわけで、それが省略されて文字になったわけでしょ。にもかかわらず、また新たな絵がUnicodeに組み込まれたり、文字のパーツを使って別の絵文字をつくったりしていて、その入れ子構造や、行ったり来たりしている感じが面白い。
Photo: Shinya Hirose
世界の文字とその起源
秀親:「この本を見ていてやっぱり楽しいと感じるのは、文字のカタチなんだよね。僕が一番好きなのはインドの文字で、以前はオリヤー文字という骸骨っぽい文字が一番好きだったんだけど、数年前にシンハラ文字を知ってからはそっちがベストになった。カエルっぽいものや、子どものオチンチンっぽい字が多くてカワイイ。シンハラ文字はUnicodeにも入っているけど、この本で使われている字はあまり好きじゃないかな。
塚田:それは書体の話だから、また別の話なんじゃないの(笑)。日本の文字も、モリサワの「プリティー桃」が使われていれば全部可愛く見えるみたいな(笑)。
秀親さんお気に入りのシンハラ文字。
中国の少数民族のイ族が使う表音文字「ロロ文字」。全819文字もあるそうです。
秀親:タイ語なんかも書体が色々あるけど、ブロック体のようなものよりも、クルクルしているスクリプト体っぽい文字の方が断然カワイイんだよね。インド以外にもアジアには色んな文字があって、しかもそれぞれが実際に使われているから、新聞や街中などで見ることができるし、書体のバリエーションも多くて面白い。ヨーロッパの場合はほとんどがアルファベットだけど、アジアは国ごとに文字が違うから、街中を歩いているだけでも異世界に来たと感じられて楽しい。それだけ文字の影響力というのは大きいんだなと。
塚田:よく笑い話として話すんだけど、初めてソウルに行った時、友達と現地のホテルで待ち合わせしてたのね。空港について、地下鉄まではなんとか乗れたんだけど、いざ地上に出てみると、丸と横棒、縦棒だらけのハングル語の看板が、すべて「HOTEL」に読めた(笑)。
永原:この本を見ていて面白かったのは、カウント系の文字がいくつかあったことですね。文字の成り立ちには2系統があると言われていて、ひとつは事物の形を簡略化した象形文字で、もうひとつが絵には描きにくいような状態や数字などを記録するところから派生したカウント系の文字なんですね。楔形文字なんかはわかりやすい例ですが、例えば「書く」という日本語は、もともと「引っ掻く(欠く)」という言葉から来ていると言われているように、最初は筆などは使わず、何かを引っ掻いて記述していたと考えられているんです。だから、もし中国から漢字が入ってこなければ、いまとはだいぶ違うカウント系の文字になっていた可能性だってある。そうやって推測してみるのも面白いですよね。
カウント系の文字だと思われる「統合カナダ先住民文字」。
新しい文字は生まれるか?
塚田:こないだ漢字の繁体字や簡体字についてのレクチャーを聴きに行ったんだけど、日本の漢字と繁体字ってほとんどかぶっていて、微妙な違いしかないものが多いんですよね。その微妙な違いのために、Unicodeには膨大な漢字が収録されているところもあるんだけど、実際に使わない文字というのも本当はたくさんあって、わずかな違いのためにヒーヒー言っているというのも大変だなと。でも実際には、簡体字と繁体字の「しんにょう」の形の違いや、「ワタナベ」という漢字の「ナベ」問題など、ひとつに統一しようとすると色々難しいんでしょうね。
秀親:「龍」という漢字も一画目の点が縦棒ものと横棒のものがあるよね。
中学校の時、この点を横に書いたら怒られた記憶がありますね。
塚田:新しい文字という話だと、中国は元素記号をすべて漢字一文字で表さないといけないらしいのね。金や銀などはまだしも、ストロンチウムやマグネシウムみたいなものもすべて一文字で表現するらしくて、金属物質には「かねへん」が、常温で固体のものには「いしへん」がついているみたい。現存する元素記号については、Unicodeができる以前にまとめて漢字がつくられているけど、今後新しい元素が発見されたら、新しい漢字がつくられて、Unicodeにも追加されるんだろうね。
中国の元素記号
永原:日本語の場合は、「チンする」みたいな言葉が新しく辞書に追加されたりするけど、文字自体はなかなか難しいでしょうね。でも、例えば「ネ申」みたいなものは、ネット上で定着している新しい文字と言えるのかもしれない(笑)。
秀親:さっき漢字はキャッチーじゃないと言ったけど、意味を理解した上でこういう掘り下げ方をすると面白いよなぁ。あと、個人的には、なんで日本の漢字も簡体字にできないんだろうって思ったりしますけど。文化として考えたら、文字を省いていくことで失われてしまうものもあるから、極力削らない方がいいとは思うんですけど、単純に簡体字の方が書く時に便利じゃないですか。ただ、僕らは普段繁体字に近い漢字に慣れ親しんでいるから、そういう意味では全部繁体字に統一しちゃった方がいいのかもしれない。
塚田:ん? 結局、反対(繁体)してるわけ? それとも歓待(簡体)してるの?
秀親:本当は簡体字を推奨したいところなんだけど、統一しようとすると繁体字になってしまうという矛盾が…。
塚田:簡体字というのは書き順なんかも繁体字と違ったりするし、カタチをひとつに統一するということはそれだけ大変だということなんじゃない? もういっそのこと、全部一画で書けるようにしちゃえばいいのにな。昔うちの親父が、ご飯は米粒が多すぎて大変だから、いっそのこと一粒の大きいお米にすれば食べやすいのにって言ってたなぁ。そんな感じで、どうですか?
Information
ユニコード6.0に登録された10万9242文字のすべてを一望できる書籍『世界の文字と記号の大図鑑 ー Unicode 6.0の全グリフ』は、研究社より発売中。