ドイツ生まれの書体「DIN」「FUTURA」の魅力

タイプディレクター・小林章インタビュー

先日リリースされたばかりの「TYPE」セカンドモデルのモチーフになっている「DIN」と「FUTURA」は、ともにドイツで生まれた書体です。そこで今回は、モノタイプ社のタイプディレクターとして、ドイツを拠点に活動されている小林章さんに、これらふたつの書体の特徴や、ドイツの文字の歴史などについて、ご自身が撮影された写真とともに紹介して頂きました。
Text: 原田優輝

ドイツ工業規格として生まれた「DIN」

「DIN」というのは「ドイツ工業規格(=Deutsches Institut für Normung)」の略称で、もともとは工業製品の型番などの表記を標準化することを目的に、1930年代につくられた書体です。そのため、ドイツでは身の回りの多くのものに使われている書体で、わかりやすいものだと、高速道路の行き先表示の看板や、マンホールのふたなどが挙げられます。

ドイツのマンホールに使われている「DIN」。  写真:小林章

DINの書体は、微妙なニュアンスの曲線を省いた機械的フォルムが特徴で、悪く言えば味も素っ気もありません。ただ、無個性がゆえにどんな場面に使える書体だと言うこともでき、HELVETICAのようなクールなサンセリフ体とは異なるスタンダードな書体として、1990年代頃からデザイナーたちを中心に注目を集めるようになりました。
それまで標準的な字幅と、狭い字幅の2種類しかなかったDINをファミリー化した「FF DIN」なども登場し、フライヤーやポスターはもちろん、本文書体としてDINが用いられるケースなども見られるようになっていきました。
その後、私自身もライノタイプ社(現・モノタイプ社)のDINをリニューアルするプロジェクトに携わり、丸ゴシックバージョンなどを入れた「DIN Next」というファミリー書体を開発したのですが、もともとお役所が標準化のためにつくった書体がこのような広がりを見せるということは、当時は誰も考えていなかったことだと思います。

from Monotype photo archives

ブエノスアイレスの中心で使われていた「DIN Next」。 写真:小林章

幾何学的なフォルムが特徴の「FUTURA」

「DIN」が生まれる以前の1927年に、ドイツの書体デザイナーであるパウル・レナーが開発したサンセリフ体が「FUTURA」です。
大文字の「O」が、コンパスで描いたような正円に近い形をしていることからもわかるように、非常に幾何学的なフォルムであることがFUTURAの特徴です。円と直線の組み合わせによってつくられているかのような構造が非常に面白いのですが、妙な個性がないために汎用性があり、どんな場面でも使えるということが、長く愛され続けている理由なのではないかと思います。

ドイツのマルク紙幣で使われていた「FUTURA」。 写真:小林章

ドイツの絵本の中の「FUTURA」。 写真:小林章

また、有名なルイヴィトンのロゴにも使われているように、FUTURAはエレガントな雰囲気も併せ持っている書体です。
FUTURAでは、「S」や「E」、「R」の字幅が狭く、逆に「M」は字幅が広く取られているのですが、これらは古代ローマの碑文で使われている書体と同じです。2000年以上前につくられ、その後の活字の基礎にもなった古代ローマ碑文のプロポーションをベースにしていることが、高級感にもつながっているのではないかと思います。

私は、「ここにも Futura」というブログを運営していますが、これを始めたきっかけは、90年代頃から日本において、「FUTURAはナチスと関わりの強い書体だ」という認識が広まっていたことにあります。
ある雑誌の連載企画で読者から質問を受け付けた時に、そのことを初めて知って非常に驚き、それから色々調べてみたのですが、海外のタイポグラフィの本には一切そんなことは書かれていないですし、著名なデザイナーたちに聞いてみても、冗談だろうと半分馬鹿にされる始末でした。
日本で広がっていた誤解を解く上で最も説得力があるのは、実際にFUTURAが使われている写真を見てもらうことだと考え、出先でFUTURAを見つけたら写真を撮り、テキストとともに紹介するようになりました。

フランスで使われている「FUTURA」。 写真:小林章

ドイツで使われている「FUTURA」。 写真:小林章

ドイツの文字の特徴

今回の「DIN」と「FUTURA」は、ともにドイツ生まれの書体ですが、さらに時代を遡ると、活版印刷技術を発明したグーテンベルグの時代から長く使われてきたブラックレターという伝統的な文字があります。縦線が強調され、字幅が狭く、この書体を使うと全体的にページが黒く見えることから「ブラックレター」と言われているのですが、日本では「ドイツ文字」とも呼ばれています。
ドイツでは、20世紀前半頃まで新聞や小説などの書物にも当たり前のように使われてたブラックレターですが、多くのリガチャ(合字)をはじめ、通常のローマン体にはない複雑なルールや慣習があるため、現代の若いドイツ人の中には読めない人も多いようです。

もともとブラックレターは広くヨーロッパで使われていましたが、イタリアやフランスなどに比べてドイツでは長くブラックレターが好まれてきました。
理由は定かではありませんが、以前にお話を伺った嘉瑞工房の高岡重蔵先生のお考えでは、気候や建築なども影響しているのではないかということでした。アルプス山脈より北に位置する国々では、ブラックレターのように黒みの強い字の方が、窓の狭い暗いゴシック建築の建物の中で聖書の文字を読む際に読みやすかった。一方、アルプス以南の国々は日差しも明るく、建築様式も窓を広く取っているため、細めで字面の明るいローマン体が適していたかもしれない、と聞いて腑に落ちました。

ドイツの古い建物のプレートに使われている「ブラックレター」と、一方通行の標識に使われている「DIN」の対比が面白い。 写真:小林章

フォントは見た目が第一

私は、事あるごとに、フォントは見た目から入るべきだという話をしています。何年にどこの国の人がつくった書体云々という知識が先行してしまうと、先ほどのFUTURAのように使い方が限定されてしまうところがあります。
例えば、DINとFUTURAを見比べて、どちらがエレガントに見えるかを考えてみると、私はFUTURAの方だと感じます。これはそれぞれの書体の歴史や知識と切り離されたところで受ける印象ですが、そういうところから入ってもらう方が良いと思いますし、もともと書体というのは、見た目から入ってもらうためにつくられているものなんです。

ドイツのショップロゴに使われている「FUTURA」。 写真:小林章

本などで得た知識だけを基準にしてしまうことは非常にもったいないですし、間違っていることを自分で確認せずに他の人に伝えてしまい、誤った情報が広がっていくということが日本ではよくあったのではないかと思います。
FUTURAの話にしても、噂を聞いた誰かがドイツなどに行って、実は誰もそんな話はしていなかったということを伝えることができれば、防げた話かもしれません。根拠のない都市伝説的な情報が広がっていくという魔女狩りの時代のようなことが、つい最近まで起きていたことはとても怖いことだと思いますし、現に日本は、グローバルな人材を育成するという面で立ち遅れてしまっていると感じることがあります。
東京オリンピックが開催される2020年に向けて、日本には海外からさらに多くの人たちが訪れることになるはずです。その時に、海外から「デザイン大国」として認知されている日本が、しっかりと海外の人たちに伝わるデザイン、メッセージを発信していくということは大きな課題だと思います。

フランスの標識に使われている「FUTURA」。 写真:小林章

TYPE Q&A

Q. あなたの好きなフォントBEST3は?
A. 「Cooper Black」「Akko」「Clifford」です。2番目と3番目は私がつくった書体です。 自分の名刺代わりの書体というか、自分の仕事を伝えるときにこの2書体を見せるとすぐにわかって頂けるので、重宝しているという意味で選んでます。
「Cooper Black」は、なんか愛嬌があっていいんですよね。字の形も良い。 その「Cooper Black」のスピリットをどこかに持つサンセリフ体をつくろうとしたら、「Akko」ができました。「Clifford」は私が一等賞を頂いて、色んな人に知られるきっかけになった書体です。「あ、Clifford の人ですか!」みたいな感じです。
Q. "タイポ買い"したプロダクトはありますか?
A. 文字が気になるのは気になりますが、それだから買うということはたぶんないかなー。少なくともすぐ思い出せるものはないです。「この国の文字ってどうなんだろう」っていう興味から旅行先を決めることはあります。
Q. 自分をフォントに例えると?
A. その時々で違う気分になるから、ひとつには絞れない気がします。
Q. もし遺書を書くとしたら、どんなフォントを使いたい?
A. 手書きにします。
Q. あなたにとってタイポグラフィとは?
A. 身近に接しているのに、その存在とか重要性に気づかれていないもの。下手な組み方をしたら老人にも子供にも気づかれるけど、上手くいっている時には気づかれない、でもそれでいいんです。

小林章

株式会社写研で書体デザインに携わった後、約1年半ロンドンでカリグラフィやタイポグラフィを学ぶ。帰国後、有限会社字游工房と株式会社タイプバンクを経てフリーランスとして独立。 タイププロジェクトの AXIS Font の欧文部分を制作した後、2001年に独ライノタイプ社(2013年に社名をモノタイプに変更)のタイプディレクターに就任。 ドイツ在住で、欧文書体ファミリーの企画開発、企業制定書体の開発を担当している。