宮後優子
デザイン書編集者。東京藝術大学卒業後、出版社へ。デザイン専門誌『デザインの現場』編集長を経て、2012年に文字専門誌『TYPOGRAPY』を創刊。2010年からタイポグラフィイベント「TypeTalks」を小林章氏、高岡昌生氏と共同主宰し、青山ブックセンター本店にて開催中(次回は5月18日に開催)。
編集者・宮後優子氏インタビュー
「文字を楽しむデザインジャーナル」を掲げ、2012年5月に創刊した雑誌『TYPOGRAPHY』。プロのデザイナーから、文字に興味を持つ一般の読者まで幅広い層に向け、さまざまなアプローチで国内外の最新タイポグラフィ/フォント情報を伝え、各方面から注目を集めています。5月に刊行されたばかりの最新号 issue05では、「TYPE」についても取り上げて頂いたこの雑誌を創刊した宮後優子さんにお話を伺いました。
Interview: 原田優輝
ーなぜタイポグラフィやフォントに特化した雑誌を立ち上げようと思ったのですか?
私は『デザインの現場』という雑誌に13年ほど携わっていたのですが、そこでタイポグラフィをテーマにした記事を担当したりするなかで、いつか文字デザインに特化した雑誌をつくりたいと考えるようになりました。ただ、当時はタイポグラフィというと、デザイナーの方は興味があるけれども、一般の方々にはまだ身近なものではなかったように思います。ところが最近は、フォントをつくる使いやすいソフトウエアが出てきたり、デザイナーではない方がフォントをダウンロードして同人誌やZINEなどに使ったりすることが増えてきたんです。同人誌やZINEなどは自費でつくられることが多いので、みなさん真剣に書体や印刷のことも調べていて、詳しいんですよね。そうした動きを見て、(雑誌を)出すならいまだと(笑)。無事に企画が通り、創刊することができました。
ー創刊にあたり、どんな雑誌にしたいと考えましたか?
私が雑誌でタイポグラフィの記事をつくり始めた当初は、本当に何も知りませんでした(笑)。あまりにわからなすぎて、自分で色々調べていくうちに徐々に面白くなっていったのですが、この雑誌をつくる時は、何も知らなかった当時の自分を思い出しながら、どんな読者にもどこか興味を持ってもらえる要素があるものにしようと考えました。これまで書体の専門書などに触れる機会がなかった方々にも面白いと感じてもらえるようなビジュアルメインのパート、通常の雑誌のメイン特集にあたるパート、さらに文字の専門家たちに執筆してもらう連載パートと、大きく3つのパートに分け、プロのデザイナーから一般の方々までが自分の興味やレベルにあったものを読んでもらえるような設計にしています。実際に、いまの読者の比率はデザイナーとそれ以外の方が半々くらいで、やはり以前に比べて文字に興味を持っている方が増えてきていると感じています。
ー書体や文字というものがひとつの文化として浸透しつつあるのかもしれないですね。
それは感じます。文字デザインの雑誌をつくっていると言うと、マニアックですねと言われることも少なくないのですが、本来文字というのは誰もが日々接していますし、そんなに特別なものではないと思うんです。一般の人でもこの文字面白いよねという話はできますし、専門の方ならもっとディテールに寄った話題で盛り上がることもできる。文字に興味を持っている人たちというのは、かなり細分化されていると思うんですよ。書体が好きな方や街の看板の文字を探すのが好きな方、さらにJISなどの文字コードを調べている方もいて、興味の対象がそれぞれ少しずつ違うんです。だから、いまこれが面白いですよとこちらから提示するというよりは、とりあえず色々載せておくので好きなものを読んでくださいというスタンスでつくっています。
ー雑誌づくりのどんなところに醍醐味や面白さを感じていますか?
書体デザイナーの方は身の回りに大勢いらっしゃるわけではないので、どんな仕事をされているのかあまり知られていないと思うんですね。そういう方たちのお仕事を雑誌という場でしっかり紹介できることにやりがいを感じています。書体制作というのはお金も時間もかかるものですし、非常に地道で根気が必要な作業です。ひとつの書体ができるまでにこれだけ手間がかかっているということを色んな人に知ってほしいですし、それがわかればちゃんとお金を払って質の高いフォントを買おうという意識になっていくと思うんですよね。
ー先日発売された最新号の内容について教えて下さい。
この春からタイポグラフィについて学びたいという人も多いかと思い、第一特集は書体や文字組を学ぶためのコンテンツにしました。一からタイポグラフィの書籍を何冊も読むのは大変なので、導入としてこの特集を読んでもらい、より深く知りたいことについては、専門の書籍で理解を深めてもらえればなと。また、第二特集では「文字をめぐる旅」と題し、ロンドンとベルリンにある文字関連の博物館やショップなど、旅行や出張ついでに立ち寄れるスポットを紹介しています。こういうマニアックな情報というのは、一般誌のロンドン、ベルリン特集では取り上げられないと思うのですが(笑)、今回は現地で書体関係の仕事をしている方たちにオススメを紹介して頂きました。
ーたしかにヨーロッパには書体関連の施設が多そうですね。
今回取り上げたロンドンやベルリンは特に多かったですね。それ以外の都市にもいろいろな施設があります。日本には文字専門の施設というのはあまりなく、博物館などの中に文字関連の資料もあるというケースが多いのですが、ヨーロッパには文字関連の施設がもっと身近にあるようです。アルファベットを使っている欧米圏では、日本に比べて書体の種類が圧倒的に多いですし、日頃から目にする機会も多いので、興味を持ちやすいということがあるのかもしれません。
ー近年の世界的なタイポグラフィやフォントの潮流として、何か感じていることがあれば教えて下さい。
ひとつは、Webフォントが急速に普及してきているということがあると思います。いままでWeb上で使えるフォントは限られていましたが、Webフォントの登場により、いろいろなフォントが表示できるようになりました。また、ひとつの書体で複数の言語に対応している書体も登場しています。例えば、先日発表されたソニーの専用書体「SST®フォント」は、世界93言語に対応しているそうです。ひとつのコンセプトのもと、さまざまな言語で同じ印象になる統一書体をつくったそうなのですが、グローバル化にともなってこうした動きはさらに加速していくと思います。逆に、グローバルではなく、その国や地域でのみ使われるローカルなフォントもあるでしょう。その都市にちなんだ書体もつくられ始めています。
ー最新号では「TYPE」のことも取り上げて頂きましたが、どんな印象を持たれましたか?
こうしたプロダクトが、Wieden + Kennedy Tokyoさんから出てきたということが素晴らしいと思いました。彼らは広告のスペシャリストなのでコミュニケーションがとても上手ですし、より多くの人たちに書体のことを知ってもらう良い機会になりましたよね。これまでタイポグラフィというのはどこか難しいイメージや、間違えると怒られるんじゃないかという雰囲気があって敬遠してしまう人も多かったのですが、敷居を低くして、もっと入ってきていいんだということをこの雑誌で伝えたいという思いがあります。ひとりでも多くの人が文字に興味を持って、自分でもやってみようと思ってくれたらなと。
ーより多くの人たちが色んなアプローチで関わることで、カルチャーとしてもさらに盛り上がっていきますよね。
そうですね。子供の頃からもっと文字に触れてもらえるといいですよね。例えば、自分の名前がフォントで印刷されるとうれしかったりしますよね。そういう体験を子供の頃にしていると、文字に対する意識もだいぶ変わってくると思うんです。最近は、デザイン以外のアプローチでつくられた文字の書籍も増えてきていますし、裾野が広がってきているのは感じているので、これがブームで終わらず、しっかり根付いていってほしいですね。
ー『TYPOGRAPHY』の今後の展望などについて教えて下さい。
今後の夢としては、英語版や中国語版など、日本語以外でも出版できたらと考えています。例えば、『TYPOGRAPHY』を出したいという海外の出版社と提携し、日本版の翻訳記事やオリジナル記事などを現地でつくってくれたりしたら面白いなと。もともと欧文書体関係の記事が多いので海外でも読んで頂けそうですし、さらにそこで日本独自の文字文化を伝えることができればと思っています。
Information
最新号『TYPOGRAPHY 05』は、グラフィック社より発売中。
宮後優子
デザイン書編集者。東京藝術大学卒業後、出版社へ。デザイン専門誌『デザインの現場』編集長を経て、2012年に文字専門誌『TYPOGRAPY』を創刊。2010年からタイポグラフィイベント「TypeTalks」を小林章氏、高岡昌生氏と共同主宰し、青山ブックセンター本店にて開催中(次回は5月18日に開催)。