キユーピーマヨネーズ、サントリー、西武百貨店をはじめ、数々の名作ポスター、CMを世に送り出してきた傍ら、現存する世界唯一の象形文字「トンパ文字」の研究をはじめ、タイポグラフィへの造詣も深いことで知られるアートディレクター、浅葉克己さん。そんな浅葉さんの展覧会、その名も「ASABA’S TYPOGRAPHY.」が、東京のギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催中です。「文字は深い。一生かけても終わらない」と語る浅葉さんに、今回の展示の話や、これまでの活動などについて伺ってきました。
Interview: 原田優輝
文字に興味を持ったきっかけ
ー今回の展覧会は、ズバリ「ASABA’S TYPOGRAPHY.」というタイトルですが、そもそも浅葉さんがタイポグラフィや文字を掘り下げていくようになったのはなぜなのですか?
もう青春時代からずっとタイポグラフィというものが僕の背中には張り付いているんだよね(笑)。もともとはバウハウスやスイス・タイポグラフィの影響から欧文に興味を持ったんだけど、その後タイポグラファーの佐藤敬之輔さんの下で、漢字、ひらがな、カタカナをさんざんやらされてね。佐藤さんのところでは、ローマ時代のトラヤヌス碑文に使われていた「トラヤヌスローマン」を分析した本を1年ほどかけてつくったんだけど、それがいまも自分の基礎になっている。当時は、毎日版下(印刷原稿)ばかり書いていて、気づけば1mmの間に10本くらい線が引けるようになっていてね。毎日が特訓だった時代だね。
ーその後、中国の少数民族であるナシ族の「トンパ文字」の研究もされるようになりますよね。
このトンパ文字というのは不思議なものでね。地球最後の象形文字と言われているんだけど、現代にこういうコミュニケーションをしている民族がいるというのが驚きだよね。このトンパ文字に興味を持って、グラフィックデザイナーの杉浦康平さんに紹介してもらった言語学者・西田龍雄先生に、トンパ文字が使われている中国・麗江まで文字探検に行きませんかとお誘いしたんだけど、現地に行ってみてわかったことは、トンパ文字というのは経典の中にこそ生きているということ。でも、肝心の経典は日本には一冊もない。そう言われると何が何でも欲しくなるじゃない(笑)。それで、街の骨董屋に行って、有り金をはたいて手に入れたんだよね。トンパ文字を研究していくと、現代のグラフィックデザイナーのような人たちは、1000年以上前からいたんじゃないかと感じるようになっていくわけ。こういうことを伝えるには、こんなヴィジュアルがいいんじゃないかということを、何人かのグループで話し合っていくなかで、トンパ文字が生まれたんじゃないかなと。
浅葉克己「トンパタロット」
文字を書くという行為の魅力
ー浅葉さんは、トンパ文字以外にも色々な海外の文字に明るいですが、異国の地の文字にはどんな魅力があるのですか?
国によって文化や考え方は全然違うじゃない。それが最も凝縮された形で現れるのが文字だと思うし、インドやタイなどに行って、現地の人たちが、僕の全然知らない言葉を書いている様子なんかを見ることがたまらなく好きなんだよね。人間が筆記用具を持って何かを書くという行為からは、それまで見えなかったその人の心や、何かを伝えたいという気持ちがにじみ出てくると思うのね。だから、僕は小学校とかでする書き初めなんかはとても大事な時間だと思うし、若い人たちの前で話す時にも、毎日書いた方がいいと伝えているんだよね。
ー最近はPCや携帯電話の影響で、手で書く機会は激減してしまいましたよね。
そうだね。やっぱり書かないと文字は残っていかないんじゃないかと思う。でも、最近はTDC賞などの審査をしていても、手書きをベースにした作品なども増えているように、手書きの大切さは見直されていると思うし、新しいものというのは手を動かすところから生まれてくるんじゃないかな。
浅葉克己「トンパ 格言」
ー浅葉さんは書道もされていますが、いつ頃から始められたのですか?
これもきっかけはトンパ文字。初めて麗江に行った時に、トンパ文字の写真撮影は禁止されていたから、ノートに書き写してみたのね。自分で書くことで新しい気づきもあったんだけど、現地で売られていたトンパ文字の掛け軸を見た時に、トンパ文字をうまく書くには、書をやらないといけないなと感じて、本格的に始めた。実は、19歳の頃から筆の力が必要だということには気づいていて、書道教室に通っていた時期もあったんだけど、周りに若い人が全然いなかったこともあって、しっかりやらなかったんだよね。いま思えば、その時から真面目にやっていたら良かった(笑)。いまでは毎日臨書をしているんだけど、不思議と書いている時には色んなアイデアが出てくる。特に筆で書くというのが良いんだよね。今回の展覧会でも、展示内容を筆で箇条書きにしてギャラリーの人たちなんかに見せたんだけど、そうすることによって一気にみんなの気合いが入る(笑)。
今回の展覧会を前に、浅葉さんが直筆した展示内容の構想。
ー浅葉さんにとって日本語や書の魅力とはどんなものなのですか?
書はグニャグニャと蛇のように文字が絡まっていくところが好きだし、日本語は色々な文字が混ざっているところが良いよね。外国人にとっても書道は魅力的に見えるみたいだから、うちの事務所に海外からお客さんが来る時とかは、ここに座らせて書を書いてもらうようにしていて、それがきっかけで書道セットを買って帰る人なんかもいる。買ったきりで終わってる人も多いとは思うけどね(笑)。あと、海外で日本の文字について話す時などは、漢字の構造の話をすることが多いかな。漢字には、象形文字、指事文字、会意文字、形声文字というのがそれぞれあって、特に日本の漢字には、会意文字の考え方でつくられたものが多い。会意文字というのは、例えば、「人」が「木」に寄りかかっているイメージがベースになっている「休」という字とか、既成文字を組み合わせてつくられる文字のことだね。こういう話をすると、みんなとても興味を持ってくれる。
これまでの集大成としての展覧会
ー今回の展示は、タイトル通りタイポグラフィや文字を中心にしたものになるのですか?
新しい書体ができたので、それを発表しようと思っていますよ。書道を本格的に始めてもう20年くらい経つから、そろそろ自分の字をつくらないといけないと思っているんだけど、これがなかなか難しくてね。道教の「滕居嗟此吁」という不思議な文字があるんだけど、それを使った新作を10点くらい展示します。あと、以前に仕事などで何度か使ったオリジナルの文字があって、これが今回アルファベット26文字そろったので、「わびさび体」という名前をつけてお披露目します。「わびさび」というのはお茶の世界などで使われる言葉で、日本人にとっても言葉で説明することはなかなか難しい概念だけど、外国人がこの字を見たら驚いてくれるんじゃないかなと思ってます。
道教の文字「滕居嗟此吁」をベースにした作品。
「わびさび体」を使った浅葉さんの作品。(左)「MARS」GRAPHIC TRIAL 2014、(右)ミサワホーム「BAUHAUS DANCE」
ーその他にはどんな作品があるのですか?
西武百貨店の「おいしい生活。」のポスターなどをつくっていた80年代頃の作品を中心に、当時の版下が残っているものがあるので、それらをコラージュした新作をつくってます。それと、「ブチューンカメラ」という64年の東京オリンピックの時に発売されたカメラで撮った写真を展示しますよ。これはもう製造されていない貴重なカメラなんだけど、デジタルカメラでは表現できないような微妙にブレた面白いパノラマ写真が撮れるんだよね。いまでも持ち歩いているんだけど、昔からパーティ会場などいろんな場所でたくさん写真を撮っていて、まだ一度も発表していないから、今回出してみようかなと。いまはもうこの世にいない人たちが映っている写真なんかもありますよ。あと、展示会場の壁はすべて僕の日記で覆われる予定です。
ブチューンカメラで撮影された写真。
ーこれは2008年に21_21 DESIGN SIGHTで開催された「祈りの痕跡。」展でも発表されていたものですよね。
そう。今回は2008年以降のものも展示するので、計1000日分くらいの日記で2フロアを埋め尽くすつもりです。この日記は、ノートの片ページに文章が、もう片方にはその当時につくっていた作品やスケッチなどが入っているんだけど、これだけ制作のアイデアと作品が詰まっている日記は他にないということで、本として出版されることも決まったんだよね。
ーそちらも楽しみですね。今回はタイポグラフィだけに限らず、浅葉さんの集大成的な展示になりそうですね。
もうこれ以上詰め込めないくらいになってるね(笑)。他にも、かつてアンディ・ウォーホルと仕事をした際に撮影した写真を使った新作ポスターや、一緒に仕事をしてきたミサワホームが持っているバウハウスのコレクションに関連した新作、トンパ文字による作品なども出します。それと、もう40年も続けている卓球関連のものも何か出したいんだけど、もうスペースがないかなぁ(笑)。
TYPE Q&A
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Q. あなたの好きなフォントBEST3は?
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A. 筑紫明朝
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Q. "タイポ買い"したプロダクトはありますか?
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A. Aaron Burns "Typography"、白川静『字通』
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Q. 自分をフォントに例えると?
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A. 褚遂良の楷書
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Q. もし遺書を書くとしたら、どんなフォントを使いたい?
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A. 手書きの書
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Q. あなたにとってタイポグラフィとは?
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A. 命
撮影:平野太呂/マガジンハウス 月刊『ポパイ』2012年9月号 初出
浅葉克己
アートディレクター。1940年神奈川県生まれ。桑沢デザイン研究所、佐藤敬之輔タイポグラフィ研究所、ライトパブリシティを経て、75年浅葉克己デザイン室を設立。以後アートディレクターとして、日本の広告デザインの歴史に残る数多くの作品を制作。代表的な仕事に、西武百貨店「おいしい生活」、サントリー「夢街道」、武田薬品「肉体疲労にAじゃないか」、キリンビバレッジ「日本玄米茶」パッケージデザインなど。中国に伝わる生きている象形文字「トンパ文字」に造詣が深い。日宣美特選、東京TDC賞、毎日デザイン賞、日本宣伝賞・山名賞、日本アカデミー賞最優秀美術賞、紫綬褒章、東京ADCグランプリ、旭日小綬章など受賞歴多数。東京TDC理事長、東京ADC委員、JAGDA会長、AGI(国際グラフィック連盟)日本代表、桑沢デザイン研究所10代目所長、東京造形大学・京都精華大学客員教授。卓球6段。