いま、活版印刷が見直される理由とは?

Bird Design Letterpress 市倉郁倫インタビュー

7月3日から31日まで、代官山・蔦屋書店にTYPE POP-UP SHOPがオープンします。 さらに、POP-UP SHOP期間中には、名刺とポストカードなどの活版印刷を行うBird Design Letterpressさんによるワークショップも開催されることになりました。それに先駆け、あきる野市にあるBird Design Letterpressさんに伺い、活版印刷の歴史や活字の魅力などについて、代表の市倉郁倫さんに語って頂きました。
Text: 原田優輝

活版印刷を始めた理由

妻が私に活版印刷の名刺をプレゼントしてくれたことがきっかけです。私はもともと印刷関連の会社でシステムエンジニアとして働いていたのですが、当時ほとんどの印刷はオフセットで、プリプレスは写植からDTPに移り変わる時期でした。活版印刷を身近で見る機会はなかったのですが、妻がプレゼントしてくれた活版印刷の名刺は、普段見慣れた印刷物とは違い、どこか魅かれるところがありました。

その後、地元の印刷会社さんから活字と活版印刷機を譲り受けたことをきっかけに、活版印刷のデザインだけでなく、印刷自体も行うようになり、大型の活版印刷機も導入している現在は、名刺やポストカードなどの印刷、活版印刷関連プロダクトの開発・販売などを行っています。

Bird Design Letterpressにある活版印刷機。

活版印刷の需要は、絶対数だけを見ると非常に少ないのですが、個人で活動しているアーティストやフリーランスの方たちなどを中心に、活版印刷で名刺をつくりたいという要望はかなり多いです。やはり活版印刷というのは、名刺を通じて、ものづくりを大切にしているというその人の意思まで伝わるような特別なものなのだと思います。

現在のオフセット印刷は、パソコンでつくったデータをいかに忠実に出力できるかというところに重きが置かれがちですが、活版印刷の場合は、印字部分のへこみによる陰影が非常に美しく、元の版(現在で言うデータ)と、実際の印刷物では印象が大きく変わります。データをつくることが目的ではなく、最終的にできる完成物(印刷物)に向けてデザインをしていくというプロセスを強く意識できるのも活版印刷の魅力のひとつだと思います。

これまでにBird Design Letterpressさんが手がけられたお仕事の数々。

活版印刷の歴史

そもそも活版印刷とは、活字を組み合わせてつくった版にインキをつけ、圧力をかけて印刷する技術のことです。活字を用いた印刷自体は、かなり早い段階から行われていたようですが、活字、活版印刷機、インキを組み合わせた活版印刷術は、15世紀にヨハネス・グーテンベルグによって発明されました。ちなみに、金属活字は、鉛、アンチモン、スズによる合金なのですが、その配合はグーテンベルグの時代から変わっていないと言われています。

活字組版は、活字の他に、行間に差し挟むインテル、余白をつくるためのクワタなどを組み合わせてつくられます。活字は行ごとに組んでいきますので、パソコンのように大小異なる文字をランダムに並べることは難しく、組み方には制限がありますが、印刷物には活字にしか出せない独特の表情があります。

和文の活字には、ひらがな、カタカナ、漢字があるため、欧文に比べると活字書体のバリエーションは少なく、現在鋳造されている活字で私が知っているのは10種類程度です。しかし、かつては新聞社や出版社などが、新聞や辞書に適した独自の書体をつくっていたそうなので、それらをすべて合わせると、かなりの活字書体がつくられていたことになります。また、和文の場合はひとつの書体だけでもかなりの字数になりますし、それらを文字サイズごとに持っておく必要があったので、活版印刷というのは一般の人が簡単にできるようなものではありませんでした。

Bird Design Letterpressにある和文活字は正楷書のみだが、それだけでも膨大な量に上る。

しかし、近年の活版印刷では、パソコンでデータを制作し、それをもとにした樹脂で版をつくって印刷するケースも増えています。メタルベースという支持体に樹脂版を貼り付けて印刷することができるので、あらかじめ膨大な活字を持つ必要がありません。これまでの樹脂版は、文字の印刷が鮮明でなかったため、挿絵やロゴなどに使われるケースがほとんどだったのですが、近年は品質が飛躍的に向上しているため、文字の印刷も十分できるようになりました。また、活字にない書体やロゴなどを自由に印刷できることも樹脂版の利点です。

もともと活版印刷は、大量の印刷物をつくるための技術でしたが、写植やDTPが登場し、オフセット印刷や個人用のインクジェットプリンタなどが普及していくなかで、かつての大量印刷という方向性では生き残ることができなくなりました。ただし、樹脂版の品質が向上し、個人でもそれほど大きな設備を持たずに扱えるようになった活版印刷は、名刺や結婚式の招待状など、大切な印刷物のために使われる機会が増えていますし、かつての役割とは違うところで、新しい流れが生まれているように感じます。

樹脂凸版による活版印刷を実演して頂きました!

活字ならではの魅力

活字にしかない独特の雰囲気や特徴も活版印刷の大きな魅力です。まず文字単体で見てみると、現在のデジタルフォントが、すべての文字サイズで同じ形をしているのに対し、活字の場合は、同じ文字でもサイズごとに異なるバランスでつくられていることがわかります。その違いは非常に微妙ですが、それぞれのサイズに適した形や太さのバランスが考えられており、それが実際に筆で書かれたかのような雰囲気を生み出しているのではないかと思います。

サイズごとに文字のバランスが異なる和文活字。

筆で書いたかのようなバランスというのは、「しんにょう」などのつくりにも見られます。デジタルフォントというのは、文字がボディという四角形の中に完全に収まるようにつくられているのですが、活字の場合はよく見ると「しんにょう」の払いの部分がボディからはみ出ていて、毛筆のような伸びやかさが残されているんです。

また、ひらがなやカタカナの活字の中には、その文字の成り立ちが現れているものもあります。例えば、ひらがなの「れ」は、漢字の「礼」という字が元になっているのですが、楷書体の「れ」の活字は左右が離れていて、元の漢字の名残が見られます。文字の成り立ちが垣間見られるのも活字の非常に面白い点だと思います。

これらの活字が並べられた印刷物にも独特の雰囲気があります。デジタルフォントを元にした樹脂版で印刷したものに比べ、活字を用いた横書きの印刷物は文字のベースラインが揃っていないように見えます。日本語の場合については、ひらがなと漢字のバランスによるところが大きいのではないかと思います。ひらがなと漢字のサイズがほぼ同じになるように設計されているデジタルフォントとは違い、活字ではひらがなよりも漢字の方が大きくつくられています。そのため、文字が並んだ時にバラついて見えるのだと思いますが、多くの人は手で文字を書く時に、ひらがなよりも漢字の方が大きくなりますよね。そういう点でも、活字というのは手書きに近い感覚を残していると言えますし、それが独特の印象にもつながっているのではないでしょうか。

デジタルフォントにはデジタルフォントならではの綺麗さがあるのですが、やはり活字には独特のゆらぎから生まれる美しさがありますし、そういう部分にこそ文字の本質があるのではないかと感じています。

活版印刷ワークショップ

活版印刷は約500年もの間、途切れることなく受け継がれて進化してきた技術で、とても長い歴史を持っています。今回蔦屋書店で行うワークショップで使用する小型の手動式印刷機(と言っても約60kgもあります)も、その歴史の中で考え抜かれて設計されたものです。 アナログな技術から生みだされる印刷物や、印刷物が出来上がるまでの動きも、活版印刷の魅力のひとつだと思います。ワークショップでは、活版印刷の仕組みや、ちょっとしたインキの付け具合などでも印刷状態が変わることを楽しんで頂けたらうれしいです。

また、活版印刷の魅力を伝えるだけではなく、自分自身が参加したとしても楽しいと感じられるようなものにしたいという思いから、今回は参加者の方たちが選んだ樹脂版の文字を並べて頂き、本のしおりを印刷してもらおうと考えています。 通常ひとつの単語に使われる書体は1種類だと思うのですが、今回は異なる書体を一文字ずつ組み合わることにより、印刷される単語は一緒、でも一枚ずつオリジナル、というしおりを作成することができます。楽しみながら活版印刷のことを知って頂き、ご自身で印刷したしおりを持ち帰って頂ければと思っています。

25 Kinds Letterpress Messages Cards
1枚ずつ異なるワンポイントが活版印刷されたメッセージカードセット。名刺を持ち合わせていない時に連絡先を書き込めば、忘れ難い直筆の名刺にもなる。

Information
7月3日~31日まで代官山・蔦屋書店にて、TYPE POP-UP STOREがオープン!! 7月5日には、Bird Design Letterpressによる活版印刷体験のワークショップも開催。「T」「Y」「P」「E」の 4文字を色々な書体の中から組み合わせ、オリジナルのしおりを作って頂けます。厚手のしっかりとした紙に、軽くへこんだ文字の陰影が美しい活版印刷の魅力を楽しんでください。

TYPE POP-UP SHOP @ 代官山 蔦屋書店
Date: 2014/7/3(木)~7/31(木) 7:00~26:00
Work Shop: 2014/7/5(土) 11:00~17:00
Place: 代官山 蔦屋書店 ギャラリースペース(1F 17-5 Sarugakucho Shibuyaku Tokyo)

TYPE Q&A

Q. あなたの好きなフォントBEST3は?
A. Garamond、Optima、Bickham Script
Q. "タイポ買い"したプロダクトはありますか?
A. 活版印刷用の活字、Sugar Paper のステーショナリー
Q. 自分をフォントに例えると?
A. 何かのフォントに例えるのは難しいです
Q. もし遺書を書くとしたら、どんなフォントを使いたい?
A. こぶりなゴシック
Q. あなたにとってタイポグラフィとは?
A. 当然そこにあるべきものに気づくこと

市倉郁倫

DTP関連のシステムエンジニアとして、主にデザイン制作部門から印刷まで幅広い業務に関わった後、2006年より、後にパートナーとしてデザインを担当することになる妻と一緒に世界一周旅行。2009年からは Bird Design を開業し、2010年より活版印刷を始める。2011年からはウェブサイトより活版印刷の注文受付を開始し、現在は活版名刺やポストカードの印刷、ステーショナリーの開発や販売まで行っている。