街中の手書き文字をデータ化する「のらもじ発見プロジェクト」

「のらもじ発見プロジェクト」制作者インタビュー

街中にひっそりと残る、洗練はされていないが個性的で味のある文字たちを「のらもじ」と名付け、それらを鑑賞するだけではなく、オリジナルフォントとしてデータ化して配布するというかつてない試みで注目を集めている「のらもじ発見プロジェクト」。さらに、フォントデータやオリジナルプロダクトの売上を「のらもじ」の提供者に還元するというサイクルを作り、ネット上で論争を生んだこのプロジェクトの発起人である下浜りんたろう氏に、その舞台裏について語ってもらった。
Interview: 原田優輝

「のらもじ発見プロジェクト」がスタートした経緯を教えて下さい。
下浜:「のらもじ発見プロジェクト」は、フリーランスのグラフィックデザイナーの若岡伸也くん、tha.ltdに所属している西村斉輝くんと僕の3人で立ち上げました。もともとは若岡くんが路上で見つけた味のあるタイポグラフィを紹介するブログを個人で運営していたのですが、僕も当然デザイナーとしてタイポグラフィには興味があったし、路上観察というところでは、赤瀬川原平さんの「トマソン」なども好きでした。路上にあるデザインを写真で撮り貯めたりすることは、グラフィックデザイナーや美大生なら一度は通る道だと思うのですが、その行為をより多くの人たちに興味を持ってもらえる形に落とし込めないかと考えたのが最初のきっかけです。
そこからどのようにして現在の形に行き着いたのですか?
下浜:僕がこのプロジェクトをやろうとみんなに持ちかけた時には、路上で見つけた看板の文字から日本語のオリジナルフォントを作るというアイデアだけがあり、それをどう展開させていくかというところで各自が習作をつくりながら、アイデアを出し合っていきました。その中には、ステッカーを作ってお店の人にプレゼントしたらどうかとか、デザインしたフォントを使ってポスターを作ったらどうかというアイデアなどもありましたが、グラフィックとしての魅力を表現するだけではなく、デザインに興味がない人にも伝わるプロジェクトとしての魅力を考えていくなかで、現在のような形に固まっていきました。
実際の看板の写真の上で試し組みができるインターフェースも面白いですね。
下浜:看板文字をもとにした50音の日本語フォントを作るというコアアイデアをより広い層に伝えるために、エンターテイメント性を意識して用意した入口がこのテスターです。最初にテスターで文字を入力してもらい、そこで面白いと思って帰ってもらってもいいですし、より深くこのプロジェクトや文字のことを知りたいと思ってくれる人たちには、お店についての記事なども読んでもらえるようなサイトの動線設計になっています。
現在は9種類のフォントが公開されていますが、どのような基準で選んでいるのですか?
下浜:個人商店などが多く、古い看板が残っている東京の下町などをメンバー3人で歩いて写真を撮ったりしながら、どの文字が面白いかを僕らの独断と偏見で判定していきました。単に手描きで書かれたユルいだけのものはあまり面白くなくて、ある程度デザインされているけど、され過ぎてもいないようなギリギリのラインのなかで個性的なものを選んでいきました。その中から似たものが多くならないようにバランスを考え、さらにテスターのインターフェイスが決まってからは、そこにもうまく収まりそうな書体を絞り込んでいったという感じです。ただ、最も重要だったのはそのお店の人が協力してくれるかどうかで、お店の写真が出せないということでNGになったケースもありました。
「のらもじ」の定義というのは明確にあるのですか?
下浜:明確にあるわけではないです(笑)。ただ、自分たちとしては、チェーン店などで使われているロゴとして色々な町に拡散しているものではなく、古くから残っている個人商店などの看板の知る人ぞ知る書体というくらいの感覚で捉えています。チェーン店などのロゴも、デザインとして見た時には良いと思っているんですが、街中がそういうものばかりになってしまうことには少し抵抗があって…。郊外ではショッピングモールなどが増え、個人商店がどんどんなくなってしまっている状況があるし、これまで多種多様なお店があった街の風景が画一化してしまっていることに残念だと思う気持ちもありました。
元の看板文字だけを手がかりに50音すべてを作っていくということは、デザインする人の解釈次第でだいぶ完成形が変わる可能性もあるということですよね。
下浜:そうなんです。フォント制作のディレクションは若岡くんが担当し、色々な人たちにも協力してもらってそれぞれの書体を作ったのですが、サンプルとなる看板の文字数が少ないほどその傾向が強くなるんです。一癖も二癖もある文字が多くて、ハライやハネなどに法則があるようでなかったりして、そこが「のらもじ」たる所以かなと(笑)。そういう部分に気づいた上で、1文字ずつどういう形にしていくかを考えていくのも楽しいんです。とはいえ、街中で文字を探している時に比べると、フォントを作っていく作業というのは苦行のようなものなのですが(笑)。でも、完成したフォントをお店の人に見せると、「よくこんな大変なことをやってくれたね」という感じで喜んでくれる方が多かったです。
フォントをダウンロードする際に寄付を募ったり、フォントを用いたオリジナルTシャツを販売したりしていますが、「のらもじ」の提供者であるお店の人に金銭が還元される仕組みを作ろうと思ったのはなぜですか?
下浜:このプロジェクトを通して僕たちが何をしたいのかを考えると、結局はこうした「のらもじ」に注目してもらうことでお店自体が存続し、結果として看板も残るということなんです。サイトのローンチ後、文字の制作者ではなく、お店の人にお金が還元されるという仕組みが一部でバッシングされてしまいました。看板を作った人にお金を支払うのが正当だという考え方も理解できますし、文字をデザインした人への敬意というのはもちろんあるのですが、僕たちの願いは、この文字がなるべく残ってほしいということで、そのためにはこの看板をいま守っている人にお金を還元するのがいいんじゃないかと考えました。「のらもじ」を提供してくれたお店の人にインタビューするということにも、その記事を読んで興味を持ってくれた人が、実際にお店に行って商品を買うなどしてお金を落としてくれたらいいなという思いが含まれているんです。
「のらもじ」というネーミングについてはいかがですか?
下浜:街中にあるレトロな文字を取り上げるプロジェクトは他にも色々あるのですが、これらの文字をまとめて命名している人が意外にいなかったんですね。例えば、これらの文字をネットで検索して探そうとした時に、このワードで検索すればOKというようなものを作って浸透させたかったのですが、そこで僕らが参考にしたのは「ゆるキャラ」という言葉でした。当初「ゆるキャラ」という言葉の中には、しっかりデザインされていないという意味合いもあって、そこには少し皮肉も含まれていたと思うのですが、言葉自体が市民権を得たことで、いつの間にかポジティブな言葉として受け入れられるようになりましたよね。それと同じように、少し間が抜けているけど愛されるような言葉を作りたくて、「のらもじ」というネーミングにしました。
このプロジェクトにはすでにさまざまな反応があったと思いますが、それらによって発見したことや気づいたことなどはありましたか?
下浜:色んな方に見てもらったのですが、その中で昔の民藝運動みたいだという感想がありました。民藝運動というのは、有名デザイナーや工芸家が作ったものだけを良しとするのではなく、無名の人が作ったもののなかにも名品がたくさんあるということを提唱したと思うのですが、たしかにこのプロジェクトにもそれに近い意味合いがあるなと感じました。ただ、書体というのは日本語であればひらがな・カタカナ・漢字すべてが使えて初めて機能するものになるので、民藝の域にまで達していないという見方もありますが。制作段階では、欧文も視野に入れて文字を探したこともあったのですが、ただのカッコ悪い書体にしか見えないものが多かったんですね(笑)。僕らが日本人だからそう感じてしまうのか、それとも日本語特有の個性なのかはわからないのですが。
今後もさらにフォントを増やしていくのですか?
下浜:そうしたいとは思っています。ただ、それなりにプロジェクトの認知度が上がってきているので、これからは自分たちの街でもやってみたいという人など協力者を見つけて、一緒にやっていきたいですね。街中で文字を探すというのは誰がやっても結構楽しいと思うんです。のらもじ探しモードで歩いていると、普段なんとなく歩いていた街の風景が変わって見えたりします。そこで見つけた文字をもとに、参加者が自分でフォントを起こしてみるようなワークショップなども今後はやってみたいです。実際に手を動かすことで初めて気づくことも多いですからね。あとは、いつかデザイナーの人たちが、「のらもじ」のフォントを使って、新たなグラフィックやプロダクトなどを出してくれたらうれしいですね。

TYPE Q&A

Q. あなたの好きなフォントBEST3は?
下浜. 「修悦体」「GD-高速道路ゴシックJA」「あんずもじ(ChatPet をつくるときにものすごい助けられた)」
若岡. いっぱいあって、なかなか選べません…。
西村. 「Kroeger」「FFF Aurora」「Lo-Res」
Q. "タイポ買い"したプロダクトはありますか?
下浜. カロリーメイト、昔の明治ミルクチョコレート、PASMO
若岡. 古本と、昔からあるような地方のお土産
西村. 『機械との競争』
Q. 自分をフォントに例えると?
下浜. 「Helvetica Super Ultralight」
若岡. 少し太めの丸文字でしょうか…。
西村. 「石井細丸ゴシック」
Q. もし遺書を書くとしたら、どんなフォントを使いたい?
下浜. 一度小ぶりなゴシックで打ち込んだ上から手書き
若岡. 手書きにします。
西村. 「メイリオ」
Q. あなたにとってタイポグラフィとは?
下浜. ルール、法則性、時代の鏡
若岡. わかりません…。すみません…。
西村. 文字を扱うこと

下浜りんたろう

1983年東京生まれ。金沢美術工芸大学卒業。インタラクティブなアートディレクター。

若岡伸也

1982年石川県生まれ。金沢美術工芸大学卒業。現在フリーのグラフィックデザイナー。

西村斉輝

1984年兵庫県生まれ。2011年多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。現在tha ltd.にてデザイナーとして勤務。