日本の書から生まれた美しき書体

「こうぜい」制作者インタビュー

東京タイプディレクターズクラブが主催する東京TDC賞2014で、タイプデザイン賞を受賞した日本語書体「こうぜい」。日本の書における文字のつながりに着目した宇野由希子さんが書体をデザインし、独自のフォント制作ツール開発を含むエンジニアリングを山田和寛さんが手がけたこのフォントには、日本語のタイポグラフィの可能性を広げるさまざまな魅力が詰まっています。「こうぜい」制作の舞台裏から日本語書体の魅力まで、さまざまなお話を制作者のおふたりに伺いました。
Interview: 原田優輝

「こうぜい」誕生秘話

ー「こうぜい」がつくられた経緯を教えて下さい。

宇野:「こうぜい」は私が学生の時につくった書体です。大学2年の頃に、現在私が働いている字游工房の社長である鳥海修さんと出会ったことがきっかけで書体デザイナーを目指すようになったのですが、鳥海さんが日本の文字は書が原点になっているということを話されていて、書の研究を始めるようになったんですね。中でも特に日本語の仮名の書に興味を持ち、色んなものを見たり、臨書したりするうちに、「こうぜい」の仕組みを考えつき、卒業制作としてつくったんです。

山田:僕はモノタイプ社でタイプデザインをするようになるまで、グラフィックデザイナーの松田行正さんの下でエディトリアルデザインをしていたのですが、自社出版のために使う本文書体をつくっていたこともあり、エンジニアリングの技術も持っていたんですね。宇野さんとは、鳥海さんが開いている私塾で出会ったのですが、その塾の一年間の総まとめとして、塾生それぞれがつくった書体をフォント化する機会があり、その時に「こうぜい」のプロトタイプのようなものをフォント化したんです。

宇野:「こうぜい」では、文字のつながり方に注目をしていて、仮名50音それぞれに4パターンの選択肢を用意しています。4種の仮名は文字のつながりをつくりますが、厳密に言えば各字が切れずにつながっている連綿体ではありません。文字のつながりに着目してはいるのですが、つながっているように"見える"ことを意識していて、それは書の言葉でいう「意連」、つまり意識のつながりなんですね。だから目に見える線のつながりはありません。ただ、書のような豊かな表情を出すためにはその4種類だけでは不十分なので、目に見える線のつながりをつくるためにリガチャ(合字)をたくさんつくっています。また「の」や「は」などの文字には 変体仮名 も用意しました。

日本の書の独自性

ー文字のつながりに注目するようになったのはなぜですか?

宇野:例えば、「よしののやま(吉野の山)」という言葉を書く時に、仮に欧文のスクリプト体などであれば、「よしの」「の」「やま」と単語ごとに切られるのですが、日本の書では「よし」「のの」「やま」というように、単語の途中で平気で切られたりするんです。また、それぞれの文字の形は、その後に続く字によって変化するのですが、そこにもある決まった傾向が見て取れるんですね。たくさんの書をなぞり書きしてみたのですが、日本の書における文字のつながりというのは、文脈よりも形を重視していること、言葉をいかに解釈し、表現していくかということが書き手に委ねられていることに気づいたんです。現在の組版では、デザイナーがフォントを選び、箱組のスペースにテキストを流し込むという作業が当たり前になっているからこそ、ひとつの書の隅々に書き手の配慮が感じられることに感動しました。

山田:「こうぜい」は、書き手側に意識を持つことが求められるフォントだと思います。フォントを使う人がどんな組版をするかということをまず考え、それを形にするための機能を選んでいくという感じですね。例えば、文字をどこかで切りたかったり、変体文字を使いたい時などに、それぞれに応じた機能を使っていくことで、自分がイメージする組版を実現できるようになっています。

宇野:既存の連綿書体は、文脈に関係なくつながりを切るということはあまり考られていないのですが、「こうぜい」の場合は、単語の途中でも書き手側の判断でつながりを切ることができ、それが特殊な点だと思います。「こうぜい」はプロポーショナルフォントなので箱組ができないなど他にも特殊なことがたくさんあるし、可読性などを考えても長文を組むのは難しいと思うのですが、これを使って組版をした時に何か発見があるといいなと思っています。

デザインとエンジニアリング

ー当初から「こうぜい」はフォントとして販売することを視野に入れていたのですか?

宇野:まったく考えていませんでした(笑)。もともとは書体デザイナーである私の勉強としてスタートし、ひとつの考え方をまとめるための制作としてデザインした書体で、フォント化は仕組み的に難しいと考えていました。山田さんがエンジニアリングをしてくれることになり、本格的にフォント化することになった当初も、フォントにするということだけが目的だったのですが、実際につくってコンペに出したら賞を頂くことができ、それがきっかけで販売することになりました。「こうぜい」は私一人でつくり始めたものだったので、いざフォント化するという段階で色々と困ったことも出てきたんですね。だからこそ、最初から山田さんのようにきちんとエンジニアリングができる人と関わってつくっていくということが非常に大切なんだということがわかりました。

山田:フォントは、デザイナーとエンジニアがタッグを組んでつくっていく必要があります。僕の場合は、自分でデザインした文字をフォント化する上で、どうしてもエンジニアリングが必要だったので、人に教わりながら習得していったのですが、自分の中ではデザインもエンジニアリングもフラットな力関係で、どちらも必死に勉強しないといけないと思っています。「こうぜい」は、僕自身のエンジニアリングの勉強という意味もあったのですが、これからも日本語ならではの機能を持ったフォントをたくさんつくっていきたいですし、それによって日本語のタイポグラフィそのものがどんどん面白くなっていくといいなと。

4月4日から28日までギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催された「TDC展2014」では、タイプデザイン賞を受賞した「こうぜい」も展示されました。 (写真:藤塚光政)

日本語書体の魅力

ーおふたりとも日本語書体へのこだわりは強いと思いますが、どんなところに興味を持っているのですか?

宇野:そもそも私は英語が話せないということがあるのですが(笑)、日本語の使い方というのはやっぱり独特ですよね。漢字と仮名が同時に使われる日本語書体は、それらが並んだ時の見え方のバランスを考えてつくらなくてはいけないですし、それはやはり普段から日本語に親しんでいる人にしかできないことだと思っています。

山田:漢字、ひらがな、カタカナ、アルファベットという出自が違う文字を並べて組んでいくことはとても面白いですし、非常に奥が深い世界です。もちろん、欧文書体でも過去に興味深い試みがたくさんされてきていますが、日本語、特にひらがなのデザインというのは非常に独特で難しいゆえに、まだまだ可能性を感じています。

宇野:小さい頃から国語を勉強してきている私たちは、仮にひらがなだけが並んでいる文章でも、普通に読むことができますよね。でも、日本語には、それを助詞と取るか単語の一部と取るかで意味が変わってしまうような言葉も結構あって、日本語を習い始めたばかりの外国の方などはなかなか読むことが難しいと思うんです。それだけ読み取る力が問われるという意味でも、仮名というのは非常に繊細な文字だと感じます。

去る4月5日に開催された「TDCDAY」では、書体デザイナーの小宮山博史さんをゲストに迎え、宇野由希子さん、山田和寛さんによるトークも行われました。

書体をつくるということ

ー最後に、書体デザイナーとして心がけていることや目指していることを教えて下さい。

山田:僕は学生の頃から明治時代の金属活字を研究したり、図書館や博物館などで見た書体見本帳をもとにフォントをつくったりするところから文字にのめり込んでいったのですが、もともとブックデザイナーを志していた身としては、最終的には自分がつくる本にそういう文字が使えたら素敵だなと思っていました。いまは書体デザイナーとして仕事をしていますが、文字そのものをデザインするだけではなく、タイポグラフィとして魅力のあるものがつくれたらいいなという思いはずっと持っています。それを実現する面白い機能を持つ書体や、書体そのものが日本語のタイポグラフィの考え方や表現方法に影響を与えられるようなものをつくっていければと思っています。

宇野:私は鳥海さんから、文字をつくることは言葉をつくることだと学びました。読む人にとって重要なのはそこに書かれている内容であって、文字ではないんです。でも、その内容をなるべく良い状態で伝えるために、文字はきれいに整っている必要があって、だからこそ見過ごされる存在であるというのがいいなと思うんです。そういう文字のあり方や、シンプルな目的というのが私には合っているし、やりがいを感じることができるんです。文字には長く続いてきた形があるから、書体をデザインするということはそんなに自由なことではないのですが、だからこそ、書をはじめ長い歴史の中で残ってきた文字を大切にしたいと思っています。私の仕事の中心は、文章を組むための本文書体をつくることで、それはあまり革新的なものではないかもしれませんが、その中で「こうぜい」の制作を通して得たことを活かしていければと考えています。

Information
かなフォント「こうぜい」は、 www.kozei.net で現在販売中。

TYPE Q&A

Q. あなたの好きなフォントBEST3は?
宇野. 游明朝体が特別で。憧れていたし、学生の時一番使ってもいたし、いまは制作に携わっている。他は選べないです。
山田. 難しい質問ですが、石井丸ゴシック、石井ゴシック、石井明朝のNKLなどが好きです。
Q. "タイポ買い"したプロダクトはありますか?
宇野. 意識したことはないんですけど、自社書体が使われてるとひいきしちゃうみたいなのはありそうです。
山田. TypecacheのTee (http://teeparty.jp/typecache/) のK(Liza)を買いました。
Q. 自分をフォントに例えると?
宇野. 書体にはつくった人の姿が映ってしまうようなところがあるそうなので、自分がつくったフォントだと思います。今期の「文字塾」でつくっていた明朝体「くれない」は、鳥海さんが『この「ぬ」とかがすごく宇野さんみたい』とおっしゃっていました。
山田. フォントに申し訳ないです。
Q. もし遺書を書くとしたら、どんなフォントを使いたい?
宇野. 遺書はたぶん手で書こうと思う気がします。
山田. フォントを使うとしたら石井明朝のNKLがいいですね。
Q. あなたにとってタイポグラフィとは?
宇野. 持ちつ持たれつ。タイポグラフィとタイプフェイスはお互いに良いものを求め合う関係にあると思っています。
山田. 人の想いをつなげていく技術です。

山田和寛(左)

1985年生まれ。2008年多摩美術大学造形表現学部デザイン学科卒業。株式会社マツダオフィスを経て、Monotype株式会社シニアタイプデザイナー。

宇野由希子 (右)

1989年生まれ。2013年武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業。有限会社字游工房書体デザイナー。