イチから分かるカリグラフィーの歴史と魅力

カリグラファー・三戸美奈子インタビュー

あらゆるものがデジタル化され、速度や効率が重視される世の中で、手づくりの魅力を見直す機運が高まっています。その動きは、デジタルフォント全盛の文字の世界にも見られ、手書き文字はもちろん、人の手の痕跡が感じられる書体などにも注目が集まっています。そこで今回スポットを当てるのは、近年プロのグラフィックデザイナーたちも学び始めているというカリグラフィー。現在私たちが接している欧文書体の礎を築き、現代においても新たな広がりを見せているカリグラフィーの歴史と魅力について、ジャパン・レター・アーツ・フォーラムの代表を務め、自らもカリグラフィー教室を主宰しているカリグラファー、三戸美奈子さんに語って頂きました。
Interview: 原田優輝

カリグラフィーの定義と成り立ち

カリグラフィーの語源は、ギリシア語の「CALLI(美しく)」と「GRAPHEIN(書くこと)」に由来しています。このことからもわかるように、カリグラフィーの定義は、美しい線によってつくられた美しいアルファベット表現とされています。
この「美しいアルファベット」の元となっているのは、ローマ時代の碑文に使われていた「ローマンキャピタル」という大文字体で、2000年以上経った今日でも大文字活字の基本として使われているほど美しいプロポーションを持つこの文字は、カリグラフィーにおいても最も重要な書体だと言えます。

「ローマンキャピタル」の元となったトラヤヌス帝碑文。

4世紀になり、キリスト教が公認されると、聖書を複製する写本芸術がヨーロッパ各地で発展していきます。その中で、写本の本文用文字として、アンシャル体というより書きやすい書体が生まれますが、その後ローマ帝国の衰退とともに、ヨーロッパ大陸各地でさまざまな書体が独自に発展していきました。
8世紀末には、西ヨーロッパを制圧したカール大帝のもと、入り乱れていた書体を統一しようとする動きが起こり、「カロリンジャン」という小文字体がつくられました。丸みを持ち、行間がたっぷりと取られたこの書体は非常に読み書きしやすいものでしたが、11~12世紀になり、写本需要の高まりとともに羊皮紙が高騰したことから、一枚の紙により多くの文字を書く必要性が出てきます。そこで生まれたのが、文字幅が狭く行間も少ない書体で、これが後のゴシック体に発展していくことになります。

初めてつくられた小文字体「カロリンジャン」。

当時の代表的なゴシック体「ゴシッククアドラータ」。

15世紀中頃には、ドイツのヨハネス・グーテンベルグが活版印刷術を発明します。当初の活字には、やはりゴシック体が使われていたのですが、ルネサンス運動が興っていたイタリアでは、「カロリンジャン」を手本にした「ヒューマニスト・ミナスキュール」を元に活字がつくられ、これが現在の欧文活字のモデルとなりました。
また、「ヒューマニスト・ミナスキュール」に傾斜が付き、文字幅が狭くなり、続けて書ける文字、いわゆるイタリック体も14世紀後半に生まれました。その後16世紀には、卓越した技工を持つ書家たちが登場し、それ以降イタリック体は華美な装飾を持つカリグラフィーの代表的な書体となりました。

ヒューマニスト体

イタリック体を用いた16世紀の印刷物。

しかし、印刷技術の発展とともに手書き文字の必要性は薄れ、19世紀後半まで約400年ほど写本文化は途切れてしまいます。その後、カリグラフィーに再び光を当てたのは、19世紀後半にイギリスで興ったアーツアンドクラフツ運動から影響を受けたエドワード・ジョンストンでした。彼が独自の方法で研究を重ね、現代に蘇らせた美しいカリグラフィーは世界各地に広まり、現在ではアート、デザイン、工芸などさまざまな分野で活用されています。

カリグラフィーに見る各国の文字事情

美しい文字を書くことへの欲求や喜びは万国共通ですが、言語や文化が異なる世界各地の国々では、文字の発展の仕方や特徴は異なります。先に紹介したように、印刷技術を発明したグーテンベルグの出身地・ドイツでは、最近まで新聞などにもゴシック体が使われていましたが、一方でイタリアでは、当初から活版印刷にイタリック体が使われるなど、文字に対する意識はさまざまです。

こうした特徴は現代のカリグラフィーにも見て取ることができますが、カッチリとした印象が強いドイツでは、そのイメージとは裏腹に自由な作風が多く見られます。また、書体デザイナーでもあるカールゲオルク・ヘーファーの作品に見られるように、筆をはじめさまざまな道具を用いて自由に線を描いていくような実験的な作品が目につきます。

ドイツ出身のカリグラファー、カールゲオルク・ヘーファー氏の作品。

カリグラフィーを復活させたエドワード・ジョンストンの出身地・イギリスでは、基本に忠実なカリグラフィーが主流で、読みやすい文字や配置で構成され、文学と強く結びついている作品が多く見られます。伝統的なレイアウトや可読性を重視する彼らのカリグラフィーは、工芸という側面でとらえらることも多いようです。

イギリスでカリグラフィを学んだノルウェー人カリグラファー、クリストファー・ハーネィス氏の作品。
10~11月には日本でのワークショップも開催予定。

現代カリグラフィーの世界で有名なジョン・スティーブンスがいるアメリカでは、ビジュアルアート的なアプローチの作品が多く見られます。これは日本にも通じることかもしれませんが、カリグラフィーの歴史や源流から離れているからこそ、ルールにとらわれず、自由な文字が書けるのかもしれません。

アメリカ人カリグラファー、 ジョン・スティーブンス 氏による作品。

私の専門分野ではありませんが、アラブ世界のカリグラフィーでは文字を美しく見せる手法が非常に発達しています。イスラム教が偶像崇拝を禁じていることから、イスラム圏の芸術は全般的に非常に装飾的で、これらに影響を受けたヨーロッパのカリグラフィー作品なども見られます。

アラビア語で書かれたイスラム圏のカリグラフィー。

読むことができなければカリグラフィーではないという人から、読めてしまうとアートにならないと主張する人まで考え方はさまざまですが、カリグラフィーを通して、それぞれの国や人々の手書き文字に対するスタンスや哲学を垣間見ることができるのは非常に興味深いことだと思います。

日本人ならではのカリグラフィーとは?

東洋に目を向けてみると、カリグラフィーとは異なる文脈で発展してきた書道というものがあります。紙が伝わるのが遅く、動物の皮を加工した羊皮紙に羽ペンで文字を書いていた西洋に対し、中国では古くから筆を使って紙に文字が書かれていて、こうした環境や道具の違いが文字の発展や美的感覚に及ぼす影響は非常に大きいと思います。

「日本・ベルギーレターアーツ展」 横浜BankART Studio NYK (2009)

三戸美奈子『It is our task』

書道が発展してきた日本は、手書き文字が芸術として認められている数少ない国です。そんな日本人はカリグラフィーが非常に向いていると言われていて、近年は海外からも注目を集めています。以前に来日した海外のカリグラファーは、長い歴史を持つ日本には歴史を学ぶことへの意識が備わっていること、勤勉な性格で手先が器用なことなどを、カリグラフィーに向いている理由として挙げてました。
これは私個人の意見ですが、日本人は文字を書くことに精神性を見出すことができるということも大きいと考えています。日本には書道の他に茶道や華道などもあり、これらを通して精神文化を育んできた日本人は、集中して何かに取り組む時間そのものに価値を見出すということが自然にできるのだと思います。

(左)三戸美奈子『The Determining of Form』、(右)三戸美奈子『The Floating Letters』

また、普段から漢字、ひらがな、カタカナ、アルファベットを使い、縦にも横にも文字を書くことがある日本人は、西洋の人たちに比べ、柔軟な発想で文字をとらえることができるということも感じています。アルファベットの場合は文字を乗せるベースラインというものがあり、決められた天地のサイズに書くことが多いため、そこからはみ出た表現することが苦手な人が多いんです。
カリグラフィーの世界では、ペンを傾ける角度や傾斜など、基本ルールに沿って書くと文字の太さが均一になります。また、書体それぞれが持つルールをマスターすれば、それをアレンジすることでバリエーションをつくっていくことも比較的容易です。
一方で、書道に使われる筆は全方向に使うものですし、力加減によって太さも変わってしまいます。また、ひらがななどはフォルム的にも非常に複雑で有機的なものに感じます。さらに東洋では、文字も絵も同じ筆で書かれることが多く、絵、文字、装飾の境目が曖昧な部分も非常に面白い点だと感じています。

三戸さんが普段使っているカリグラフィー用の道具。市販のものだけではなく、独特の質感を表現するために自ら道具をカスタマイズすることも多いのだとか。

ますます広がるカリグラフィーの領域

私が代表を務めるジャパン・レター・アーツ・フォーラムは、カリグラフィーを含む文字芸術の発展を目的にした団体です。レターアーツの中には、書道や石に文字を彫るレターカッティング、ライブペインティングなどのパフォーマンス、タイポグラフィを用いたアート作品なども含まれます。歴史的に見ると、カリグラフィーはこれらの源流にあるものと言えますが、現在では非常に多岐にわたって発展しており、その用途は主にアート、クラフト、デザインに分けることができます。

「日本・ベルギーレターアーツ展」 横浜BankART Studio NYK (2009)

アートの分野のカリグラフィーは、可読性よりも芸術性を重視したコンセプチュアルな作品から、線の芸術と言えるようなものまで非常に幅広く、中にはビーチカリグラフィーなど変わった素材を用いるものも見られます。
また、写本芸術としてスタートしたカリグラフィーには、現在も工芸的な要素を持ったものが多く、本の形を取った作品もよく見られます。さらに海外では、グリーティングカードなど生活に根ざしたプロダクトも非常に豊富です。

Andrew Van der Merwe 氏によるビーチカリグラフィー。

そして、デザイン的な側面としては、CDジャケットや本の題字、ロゴデザイン、書体開発などがあり、私もこうした仕事をよく手がけています。
全体的に言えることですが、膨大な情報が行き来する近年は、さまざまな言語や手法、素材が融合したハイブリッドな作品が次々と生まれていて、今後カリグラフィーという枠組みはさらに広がっていくと感じています。

BEARDSLEY Spring/Summer Catalog Calligraphy: 三戸美奈子

かつてカリグラフィーというものは、お手本を美しく真似て書くものだという認識が強かったのですが、最終的な目的は、いかに自分の文字を美しく書くことができるのかということです。私の教室でも、歴史や基礎をしっかり身につけた上で、いかにそれを壊し、自分の表現ができるかということを大切にしています。
最近は手書き文字が注目されるようになり、私の教室にもデザイナーさんなど様々な職種の方がいらっしゃっていますが、今後はさらに多くの人にカリグラフィーに触れて頂けたらと思っています。

Information

ジャパン・レター・アーツ・フォーラムが、ノルウェー在住のカリグラファー、クリストファー・ハーネィス氏を迎え、東京・名古屋・大阪・広島の4都市で開催するカリグラファー・ワークショップが10月中旬からスタート。 開催情報の詳細は こちら から。
また、ジャパン・レターアーツ・フォーラムによるカリグラフィーイベント、ワークショップや実演、三戸美奈子さんと清水裕子さんによる即興ライブライティングが、9月21日13:30より阪急うめだ「文具の博覧会」コトコトステージにて開催予定。

TYPE Q&A

Q. あなたの好きなフォントBEST3は?
A. Diotima, Optima, Centaur
Q. "タイポ買い"したプロダクトはありますか?
A. Diotimaの書体を使っている john masters organicsの化粧品
Q. 自分をフォントに例えると?
A. Palatino Sans Lightのようになりたいです。
Q. もし遺書を書くとしたら、どんなフォントを使いたい?
A. 手書きで書きたいです。
Q. あなたにとってタイポグラフィとは?
A.カリグラフィーの世界に近くて遠くて近い存在。 勉強してもっと詳しく知りたいと思います。

三戸美奈子(さんど・みなこ)

カリグラファー。1992年、アメリカ滞在中にカリグラフィーと出会う。自宅スタジオでカリグラフィーを指導する傍ら、アートとしての制作活動を続ける。文字デザインや筆耕などのコミッションワークも手がける。スタジオ・アンドスクリプト主宰。ジャパン・レターアーツ・フォーラム代表。著書に「カリグラフィー・ブック」(誠文堂新光社)。