グラフィックデザイナーとして活動する傍ら、1976年にバンド「プラスチックス」を結成し、国内外で活動を展開するなど、数々のクリエイターたちに大きな影響を与えてきた立花ハジメさん。そんな立花さんは、最新作の「Monaco」や、ADC賞を受賞した「APE CALL FROM TOKYO」のポスターなど、フォント、タイポグラフィをテーマにした作品を数多く発表していることでも知られています。今回、「TYPE」セカンドモデルのキービジュアルのモデルを務めてくれた立花さんに、「TYPE」のブランディングやディレクションを手がけるワイデン+ケネディ トウキョウの長谷川踏太さんと対談をして頂きました。
Text: 原田優輝
長谷川:ハジメさんとは、実は僕が4歳の時に出会っているんです。父親がやっている「文化屋雑貨店」というお店に、当時ハジメさんがやっていたバンド「プラスチックス」のメンバーがよく来ていて、もちろんその時はどんな人たちなのかわからなかったんですけど、パンクな格好をしてたこともあって、なんか怖いお兄さんたちという印象が強烈に残ってました(笑)。その後、中学生くらいになってから、ハジメさんがやっていたことを後追いで知るようになってチェックしたりしていて、さらに僕が歳を重ねて、イギリスのクリエイティブチーム「tomato」に入ってから、ハジメさんに連絡を頂いたんですよね。
立花:僕がやっていた「THE END」という携帯サイトのプロジェクトで作品をつくらないかとtomatoに電話をかけたんだよね。ロンドン時間に合わせて、少し緊張して夜中に電話をしたんだけど、そしたら踏太くんが出て。tomatoに日本人のメンバーがいることは知っていたけど、あの時の子供か! と凄くビックリした(笑)。
長谷川:それがきっかけになって「THE END」でエッセイ的な連載をさせて頂くようになったんですよね。僕にとってハジメさんは、グラフィックデザイナーというものがカッコ良い職業なんだと初めて感じさせてくれた人でした。デザインをしながら、音楽をはじめさまざまな活動を同時にやっていて、しかもつくっている作品にはどの分野にもカテゴライズできないオリジリティがあるので、いつもインスパイアされています。
初期マッキントッシュに入っていたオリジナル・フォント「Monaco」をベースに制作した「Monaco Regular」と「Monaco Light」という2つのフォントを軸に、大沢伸一さんや藤原ヒロシさんら豪華ゲストを迎えた全12曲の音楽をパッケージ化した立花さんの新作。
初期マッキントッシュのフォントから発想した「monaco」
長谷川:ハジメさんは、タイポグラフィやフォントにまつわる作品も数多くつくっていますよね。2013年にリリースされた「Monaco」でも急にビットマップフォントを持ってきて驚かされましたが、これはどういう発想から生まれたプロジェクトだったんですか?
立花:前に踏太くんと電話をしている時に、自分のビットマップフォントのコレクションをアーカイブしたいと話したように、もともとはフォントだけの企画として始まったプロジェクトだったんだよね。当初は12種類くらいのフォントをつくろうと思っていて、それがなんとなくCDの収録曲数に近いと感じて、フォントと音楽を収録することになって。パッケージをどうしようかと考えた時に、従来のCDのように豪華な仕様にしていくという方向性は違うんじゃないかと思い、以前にトーキングヘッズのツアーポスターをデザインしたときに使った、ニューヨークのキャナルストリートで手に入れたプラスティック素材のようなものを意識して、ペパーミントグリーンと蛍光ピンクのアートピースUSBに収録することにした。
立花さんがデザインした79年のトーキングヘッズ日本ツアーのポスター。
立花:初期のマッキントッシュには、スーザン・ケアという女性のデザイナーがデザインした「Chicago」や「San Francisco」、「New York」など都市名を冠した書体がデフォルトで入っていて、「Monaco」もその中のひとつ。僕はしばらくMACから離れていた時期があったんだけど、以前に携帯電話をなくしてしまい、しかたなくiPhoneを買ったことをきっかけに、一気にまたAppleの世界に戻ってくることになって。その時に「OS10」ではなく、「OS 9」を使っていたんだけど、「OS 9」の世界を見渡してみると、凄い宝の山だったわけ(笑)。多くの人が使っている「OS10」だとありきたりの綺麗なデザインにしかならないんだけど、「0S9」のグラフィックソフト「スーパーペイント」なんかを使うだけで凄く独特なものができるなと思い、それをきっかけにこれらの書体にも目を向けるようになったんだよ。
(上)「Monaco Regular」、(下)「Monaco Light」
長谷川:OSが9から10に変わった時は、インターフェースも大きく変わりましたよね。
立花:MACを昔から使っていた人にとっては、OS10になって急にアイコンがカラフルで立体的になったり、色々違和感があったと思う。でも、新しいMACユーザーからしたらもちろん新しい方が好きだと思うし、最近はAppleファンもデスクトップからiPhoneやiPadに移行しているよね。
長谷川:そうですね。そういえばハジメさんのiPhoneのアイコンの並べ方がとても面白いんですよね。アイコンの色ごとに画面を分けていて、こんな使い方してるのハジメさんだけです(笑)。こういう使い方ができるような人がもっと増えると、世の中は面白くなるなって思うんです。アンチエイリアスがかかった滑らかなフォントが主流の中で、ガリガリのビットマップフォントを出してくることも面白いと思うし、よく考えるとそもそもデジタル上の文字を、それまで紙の上で使われてきた滑らかな文字に似せる必要もないわけですもんね。
アイコンの色ごとに画面分けされている立花さんのiPhone。
デザインとアプリケーションの関係性
長谷川:ハジメさんは95年に「信用ベータ」というIllustratorのプラグインを開発していますよね。これを使えば、誰でもハジメさん風のタイポグラフィやグラフィックをつくることができるというものですが、初めてこれを見た時は、かなり衝撃を受けました。それまで僕が知るグラフィックデザイナーの中で、作品を表現で定着させずに、アルゴリズムのまま発表するということをされた最初の人だったんです。tomatoでも、環境によって変化するテレビ朝日のロゴをデザインしたりしましたが、ハジメさんはその考え方を以前から提示していたし、僕自身とても影響を受けていると思います。
立花:やっぱりMACの存在というのは大きかったんだよね。パーソナル・コンピューター全般に言えることだけど、誰が、どこで、どんな風に使うかわからないものが普及していったということが原点にあると思う。「信用ベータ」にしても、誰にどう使ってもらってもいいんじゃないかとか、自分がつくるグラフィック以上に、IllustratorやPhotoshopというアプリケーションの方が良いデザインなんじゃないかという思いから生まれたものだった。
長谷川:それは楽器と音楽の関係なんかに通じるものがあるのかもしれないですね。例えば、ヒップホップにしても、針飛びしないTechnicsのターンテーブルがあったからこそスクラッチができるようになったわけで、テクノロジーと表現の関係というのは重要ですよね。僕なんかは、Adobeなどのアプリケーションだけで作品をつくってしまうようになった最初の世代の人間なので、自分の手でつくるという感覚をあまり知らなかったりするんですね。それでたまに、自分の作品はAdobeにつくらされているんじゃないかという感覚に陥ったりするし(笑)、自分のオリジナリティと、アプリケーションのオリジナリティがせめぎ合うようなところがありました。
立花:僕らの場合は写植の時代を経験していて、自分で文字の切り貼りなんかもしていたから、いまMACを使う時にもその感覚は活かされているよ。Option + 矢印キーで文字詰めしたりする時なんかにね(笑)。
長谷川:僕らの世代は、プロでない限り、そもそも文字詰めという意識が薄いんですよ。MACで普通に打てばそれなりのものが出てくるし、それが正しいと思っていました。後になって書体に詳しい人から、それが気持ち悪いという感覚を教えてもらったりする感じで。もはや下手をすると、本当に美しい文字詰めを学ぼうとしたら古本屋さんに行って昔の本を手に入れるしかないかもしれない。そういうことを考えると、もしかすると美的感覚というのは退化してしまっているんじゃないかと思ったりもするんです。
立花:過去を振り返ると無数にすばらしいものがあるから、どうしても昔の方が良かったように見えがちだし、その中で新しいものをつくるというのは本当に難しいことだと思う。そういう意味でも現代において良いものというのは絶対数は少ないかもしれないけど、新しいものも確実に出てきているとは思うよ。
立花ハジメのタイポグラフィ観
長谷川:ハジメさんがデザインする際に使う書体には、オリジナルのものが多いんですか?
立花:いや、そのまま使うことが多いよ。若い頃はそれこそビットマップフォントをはじめ色んなものを使っていたけど、最近はHELVETICAとかオーソドックスなフォントを使うようになったね。年を取るとそうなってくるのかもしれない(笑)。
長谷川:あまりHELVETICAはイメージにないですね(笑)。でも、ハジメさんがつくるものは、ビットマップフォントから、ベジェ曲線のファインラインで表現されたタイポグラフィまで、同じ人がデザインしているとは思えないほど変化に富んでいますよね。ハジメさんにとってタイポグラフィやフォントというのはどんなものですか?
立花:音楽なんかにしても同じことが言えるかもしれないけど、グラフィックデザインというのは時代や地域を表象するものだし、その中でも特にタイポグラフィやフォントというのは象徴的な存在だと思うよ。
長谷川:時代ごとにフォントのトレンドもまったく違いますもんね。最近は、今回のTYPEのモデルになっているDINのような癖のないフォントが好まれていますが、これももともとは30年代にドイツの工業規格としてつくられたもので、それが90年代以降にデザイナーの間で支持されるというのも面白いですよね。ちなみに、ハジメさんは何種類くらいの眼鏡を持っているんですか?
TYPE ニューモデル用ヴィジュアルの撮影現場の様子。
立花:たくさん持っているけど、普段から使っているのは5,6本かな。大体が黒とべっこうで、いつも車に積んである(笑)。
長谷川:ハジメさんは丸い眼鏡はかけないですよね。
立花:プラスチックスを始める前の20代の頃はアンティークのものをかけていたこともあったけど、いまは全然かけないね。
長谷川:眼鏡も書体と同じでだんだんベーシックなものに向かっていくんですかね(笑)。最後に、今後つくりたい作品の構想や、やってみたいことなどがあれば教えて下さい。
立花:いまはこの冬のスノボのことしか考えてない(笑)。もうがむしゃらに何かをつくらないといけないという年頃でもないし、何かのサインと出合った時にという感じかな。ただ、唯一あるのは、身近な友達ともっと何かがしたいということ。「Monaco」にしてもそうだったんだけど、それだけは今後もやりたいと思っているよ。